第24話 最悪一歩手間
翌日学校に登校中に、俺の目は汐見の後ろ姿を捉えた。
正直、今週いっぱいは休んでいて欲しいという思いが俺の中にあった。
明日、土曜日は球技大会が行われる。
各種目学年混合男女別でのトーナメント形式で行われる。
このことを考えると他学年からの被害だってあり得るだろう。
そして、この球技大会が終われば翌日からはゴールデンウィークの始まりだ。
このまま、今日も休んでくれたのなら少しは噂が落ち着いただろう。
しかし、そんなのは俺の勝手な都合であるので、きちんと登校するという当たり前のことをしている汐見に文句などいえない。そもそも言う手段がないが。
俺は汐見に追いつかないよう歩く速度を少し下げ、学校へと向かった。
「おはよ、楓!」
「おは~」
「おはよー」
汐見が教室に入って、間もなく俺も教室へと入った。
俺が鞄を机横に引っかけて突っ伏してすぐ仲町と飯沢が汐見の元へとやってきた。
「……楓、もう平気?」
先ほどの明るい挨拶から一転、小さな声で仲町は汐見に聞く。
「まぁ少しは落ち着いたかな? ごめんね、心配かけて」
「いや、私たちは大丈夫だから、今は自分のことを大切にして」
「うん、ありがと」
飯沢からの言葉に感謝を告げる汐見。
「あ! これ、昨日のノートのコピー!」
仲町がわざとらしく少し声を張り、汐見にプリント数枚を渡す。
「お? やるじゃん優子~」
「でしょ? もっと褒めて!」
飯沢と仲町はそんなわざとらしい小芝居まで始めた。
きっと彼女たちは汐見にこの状況や、一昨日のことを忘れさせたいのだろう。
できるだけ、いつも通りに。
何ならいつも以上に。
きっと、そんな思いだろう。
「……ありがとう」
俺の耳には汐見のそんな彼女たちへの感謝の呟きが聞こえた。
当の本人たちは明るく振る舞うので必死で聞こえていなかったようだが。
「おはよ、汐見さん」
汐見たちが会話しているところに一人の女子生徒のそんな声が聞こえてきた。
俺は少しだけ突っ伏していた顔を浮かせ、横目でその人物を確認する。
「おはよう、神崎さん。 あの、どうかした?」
声の主はこのクラスの学級委員である神崎葵だった。
そして、突然神崎が話しかけてきたことに汐見は少し動揺していた。
去年から二人と同じクラスの俺からしても珍しいツーショットだ。
別に仲が悪いとか、そういう訳ではないのだろうが、汐見が特定の人としか関わっていないので多くの場合が珍しいツーショットになるが。
「汐見さん、昨日は風邪? それとも、何かあったの?」
神崎は汐見の体調を気遣っているのだろうか、そんな質問をする。
「……まぁ、ちょっと無理がたたって体調崩してただけだから大丈夫だよ」
汐見は若干の言いよどみは見せたが、当たり障りない返答をする。
実際、休んだ理由に触れてほしくないと思うが、他の生徒たちは噂により汐見に実害が発生したなど知る由もないのだから。
「そっか、大丈夫そうなら良かった」
神崎はそれだけ汐見に告げると自分のグループへと戻っていった。
「……め、珍しいね神崎さんが楓に絡んでくるなんて」
「あれ、そうだっけ?」
神崎が居なくなると飯沢が安堵したかのように言う。
そして、飯沢の発言に首を傾げる汐見。
俺も珍しいと感じていたから飯沢の発言は間違いではない。
しかし、きっと汐見は家族のため日々忙しない日々を送っていたと思われることから、学校での出来事の記憶が薄いのだろう。
だが、何故一日休んだだけの汐見にあんなことを聞いてきたのか。
思考を巡らすが、神崎の動機が何も思いつかない。
俺はそんなことを考えている場合じゃないと思いなおし、一旦学級委員のお節介ということにして、目下の状況への対応策を考える。
現状、俺がこの状況を打破できる策はひとつだけ。
それも、最悪の手段と言ってもいいだろう。
一を守るために十を捨てる。
そんな、いつぞやと同じ方法だ。
そして、この策を有効に使うには色々な条件が必要になってくる。
だから、チャンスを見極め、早急に実行しなければならない。
一限目の間、俺はこの策に頼らなくてもいいような別の策を必死に考えていた。
しかし、一度何か策を思いついてしまった以上、中々良い案は出てこなかった。
一限目が終わり、十分の休み時間がやってきた。
たかが、十分。
されど、十分の貴重な休み時間だ。
「あ!」
そんな声が廊下から聞こえてきた。
「汐見さん、昨日は休みだったけど、大丈夫?」
そう言いながら教室に入ってきたのは最近汐見に付きまとっている奴の一人だ。
現在、汐見に付きまとっている生徒は三名いて、その三名で火花を散らしている。
そのため、こうして少しでも汐見のポイントを稼ぎに来ているのだ。
「えっと、まぁ、大丈夫ですけど……」
明らかに毛嫌いしているかのような態度をとる汐見。
しかし、彼はそんな汐見の態度が見えていないのか、それとも照れ隠しか何かだと思っているのか特に気にしていない様子だった。
そして、十分間自慢や話したいことだけ話して彼は自分の教室へと戻っていった。
汐見は若干疲弊しているよううだったが、二限目の授業が始まるとすぐに切り替えて、真面目に授業に取り組んでいた。
そして、二限目が終わると、今度は別の男子生徒が汐見の所へやってきた。
さらに、三限目が終わった時にも、また別の男子生徒が教室にやってきた。
傍から見ればモテモテだが、本人にしてみればいい迷惑だ。
碌に気が休まらない。
それに彼らが話すことは自分の自慢ばかりだ。
そんなどうでもいい人間の自慢話なんて聞いていたら、俺なら気が滅入ってしまいそうだ。
どうやら、汐見も同じように感じていたのか、四限目の物理の授業の間机に突っ伏していた。
そして、俺にだけ聞こえるような小さな寝息を立てていた。
いつもの俺の様子を見ているようで何か少し可笑しかった。
幸い、物理の担当は中島先生なので汐見が寝ていることに気づいているようだったが、何も言わなかった。
(この状況の悪化の仕方なら、すぐに条件が整ってしまうかもな……)
早ければ、次の昼休みに条件が整ってもおかしくない。
できれば、悪手以外の何物でもないこの策は使いたくはないのだが、最悪の事態になってしまう前には実行しなければ。
俺がこの状況を一転させるための条件。
それは、三つ。
一つ目は一昨日の件が知れ渡ること。
二つ目は例の汐見に付きまとう三人が同時にいること。
三つ目は加藤君が実行の際、傍にいること。
一つ目に関しては時間の問題だろう。
恐らく、既に生徒の数人は知っているだろうからこれが伝染してしまえばいい。
二つ目は例の三人が一緒にいること。
昼休みにはきっと三人とも汐見へアプローチを仕掛けてくるだろうから難しいことではない。
三つめはクラス内で実行すれば高確率で加藤君がいるので問題なく実行できるだろう。
朝の段階では条件が整うまで時間がかかると思っていたが、案外早く整ってしまいそうだ。
しかし、クラス内で実行する際に懸念が一つだけある。
俺は前の方の席に座る女子生徒を見つめる。
神崎葵の存在だ。
彼女は俺がアクションを起こせば、十中八九関わってくるだろう。
クラス内で揉め事だ。
カリスマ様が放っておくわけがない。
しかし、事態はもう相当なところまで来ている。
ここから先は賭けになるが、もう条件がそろった段階で即実行するしかない。
俺はシャーペンを握る力を強めて、再び決心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます