第23話 微妙な関係性

 木曜日。


「汐見――って汐見は今日休みだったわ」


 中島先生が出欠確認の最中ににそう言った。

 汐見は昨日あんな事があり、学校を休んだ。


 まだ学内でこのことを知っている生徒は俺と仲町、飯沢のみだ。

 なので、他の生徒たちは単なる体調不良か、学校でのストレスかのどっちかだと思っているだろう。


 俺は相変わらず机に突っ伏しながら状況をまとめる。

 今朝、登校したときに職員室へ向かい中島先生に話も聞いてきた。


 昨日あの男子生徒の担任に事の次第を報告し、即座に連絡を入れたらしい。

 現在、彼は自宅待機を命じられている。

 処分の方は、今日緊急で職員会議を行い、話し合うみたいだ。

 

 昨日の件に関しては学校側でなんとかなりそうだ。

 しかし、噂はさらにエスカレートし、今後は虚偽だらけの情報が拡散されていくだろう。

 今は噂の出どころもわからないのでそちらは放っておくしかない。


 ならば、俺に何ができる?


 噂の中心にいる俺が変に動けば、事態はさらに悪化する。

 それは昨日も至った結論だ。

 じゃあ、俺は指をくわえてるしかないのか?

 今こんな状況を放っておけというのか。


 そんなのできるわけがない。

 実害が出始めているんだ。

 今後も似たようなことは絶対に起こる。

 今度はきっと別の人間がもっと上手くやるかもしれない。

 けれど、俺は動けない。

 周りの人間に手伝ってもらうにしてもそれなりの策を用意しなければならない。


 ――今の俺には汐見を救う手段を持ち合わせていなかった。



 

 授業が全て終わり、中島先生の連絡も終わり、クラスメイト達は各々帰宅し始めた。

 俺は美化委員の仕事があったが、すっぽかすことにした。

 どうしても、そんな気分にはなれなかった。


「古橋!」


 教室を出ると後ろからそんな声が掛けられてた。


「……何の用だ」


 俺は相変わらずキツイ口調で対応する。


「えっとその……大丈夫か?」


 加藤君は気まずそうにそんなことを聞いてくる。


「別に」


「そ、そうか! でも、何かあったら言えよ! 力になるから!」


 俺の冷たい対応に対しても、めげずに俺の力になろうとする加藤君。

 俺は心の中で謝罪と感謝を述べながら足早に去った。


 加藤君と別れ、上履きから外履きに履き替え、昇降口を出て校門を抜けて家へと向かう。

 そのつもりだったが、校門にランドセルを背負った一人の少年がいた。


「……こんなとこで、何してんだ」


 俺はひどく冷たい声色で少年に声をかける。

 学校での仮面なんかじゃなく、苛立ちからそんな対応をしてしまった。

 お前がいるべきなのは、ここじゃないだろ。

 そんなぶつけられない怒りを抱えながら。


「あ……文月兄ちゃん」


 その少年は弱々しく俺の名を呼ぶ。


「場所帰るぞ、来い」


 俺は樹にそう声をかけ、歩き出す。


「とりあえず、座ろうぜ」


 歩いているうちに、俺の怒りは根本的な勘違いだと気づき、大分落ち着いていた。

 汐見のアパート近くの小さな公園に入り、俺はベンチに腰を下ろした。

 そして、樹に隣に座るよう促す。


「うん……」


 そう言いながら、おずおずと樹は俺の横に座った。


「で、何か用があるんだろ?」


 俺は樹を早く帰さないと、また汐見が心配すると思いさっそく本題に入る。


「あのね……」


 樹はそう言うと俯いてしまった。


「どうした?」


 俺は先ほどとは打って変わった優しい声で樹に問う。


「姉ちゃん、最近おかしくて、特に昨日は変だったんだけど、文月兄ちゃんは何か知ってるの? ……姉ちゃんに聞いてもはぐらかされるし」


「……」


 やっぱり、か。

 先ほど、俺は樹に対して若干の怒りを抱いていたが、それは理不尽な怒りだった。

 そもそも、樹は何も知らされてないのでは。

 そんなことが歩いているうちに思い浮かんできた。

 そして、やはり予想通りの状況であるようだ。


「……何か、あったんだね?」


 樹が俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。


「……そうだな、今お前の姉ちゃんは大変な状況に置かれている」


 俺は具体的に何が起こったかまでは言わずに、樹の知りたいことに答える。

 しかし、これ以上のことを伝えても樹には理解できないだろう。

 それに、樹に話すような内容でもないだろう。


「わかった、ありがと文月兄ちゃん」


 俺が必死に樹への誤魔化し方を考えていると、そんな声が発せられた。

 俺は困惑した表情を樹に向けてしまう。


「……それだけで、良いのか?」


「うん、だってきっと僕には解決できないから。 それに早く姉ちゃんのとこに帰らないと」


「そうか……」


 小学三年生とは思えないような発言をする樹。

 きっと、環境故に大人びた対応を取らなきゃいけない場面が多かったのだろう。

 そんな樹に少し同情しながらも、感謝する。

 今はその大人びた対応が必要な場面だから。


「じゃあ、帰るね」


「おう」


 手を振りながら樹の背中を見送る。


 この状況を何とかしなければ、そのうち樹とも会えなくなってしまう。

 そして、俺はこのままきっと汐見家から離れていくしかなくなる。

 学校では去年の文化祭後のような、いや、もっと酷い状況になっていくだろう。

 全てを諦めて、全てを取り零すしかなくなる。


 その前に、何でもいい。

 すべて失うとしても何か一つ、少しだけでも得ることができるなら。

 俺は遠ざかる樹の背中を見つめながら、考える視点を変える。

 

 何か一つでも拾い上げる方法。

 普通に考えれば何かあるはずだ。

 今までだって色々なものを拾って、取り零してきたんだから。

 俺は今までの経験から必死に方法を模索する。


 家が金持ちということで幼稚園から中学校までの間注目を集めてきた。

 その結果、仮初の友達ばかりできた。

 そして、簡単に裏切られてきた。

 だから、家のことを隠して高校に入学すると、ちゃんとした友達できた。

 けれど、”好きな人を救う”なんて勝手な使命感に駆られてその友達を失った。

 その代わりに、好きな人の友好関係は保たれた。

 その後、失われたかと思われたその友達は戻ってきてくれた。

 今年、好きな人と一気に近づいた。

 恋人はともかく、友達くらいにはなれるんじゃないか、そんな風に思えていた。

 しかし、その矢先にこんな状況に陥った。


 得て、失って、得て。

 その繰り返し。

 このどこかに、何かあるはずだ。

 失っても得ることのできる何か。


(……あるかもしれない)

 ひとつだけ、確かに一つだけ小さな糸口が見えた。

 ただの一時しのぎに過ぎないけれども、この状況が一転するかもしれない方法が。

 俺はベンチから立ち上がり、急いで樹を追いかけた。


「樹!」


「……どうしたの?」


 樹は追いかけてきた俺を不思議そうに見上げる。


「……お前は姉ちゃんが怒り狂ったり、泣いて帰ってきたとき、支えになってやれるか? お前はちゃんと汐見を守れるか?」


「……う、うん」


 俺の無茶苦茶な問いに、動揺しながらも頷く樹。


「……これまで以上に姉ちゃんのことを見守っていけるか?」


「うん」


 今度はきちんと、しっかりと俺を見つめながら頷く。

 俺の変な質問が、本気の問いだと感じたのだろう。


「それだけ聞ければ十分だ。 ありがとう」


 俺は樹にそう告げると、帰路へと戻った。


 帰宅途中、スマホを取り出し、LEENを起動する。

 そして、『大澤博之』にメッセージを送る。


『俺と同じクラスの加藤と連絡が取りたい。 早急に頼む』

 

  

 

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