第22話 友達
水曜日になっても噂は静まるどころか、事態はさらに悪化していた。
月曜日、火曜日は物珍しいものを見に来るような感覚だったのだろう。
だけど、二日も経てば悪意を持つ人間の所にも、噂は周り、反感を買ってしまった。
主に俺が汐見楓という美少女と付き合っているという噂への反感だ。
俺が歩けば、その付近にいるイケイケ系の生徒たちは舌打ちをしたり、足を引っかけたり、わざとぶつかってきたりと、極めて稚拙な嫌がらせを行う。
そして、そもそも俺が学校の嫌われ者ということもあり、他の生徒たちも見て見ぬふりをする。
俺がこういった扱いを受けるのはそこまで大きな問題ではない。
俺より、汐見の状況の方が悪化していた。
今まで、基本的に彼女の周りには仲町と飯沢くらいしか近づかなかった。
しかし、俺なんかと付き合っている”敷居の低い女”として認識され始めているのか、色々な男たちが近づき始めた。
汐見は今までだってモテていた。
クラス内にも密かに想いを寄せている生徒が俺以外にも何名か居ただろう。
しかし、今汐見の周りにいるのは、その彼らはではない。
ただ、良質な彼女が欲しいチャラ男たちだ。
「ねぇ、古橋君に弱みでも握られてるの?」
「古橋なんかじゃなく俺と遊ぼうぜ」
「古橋より俺の方が君を幸せにできるから、ね?」
そんな、薄っぺらい言葉を並べる彼奴等。
何人もの男子生徒がそう言って汐見に詰め寄っている今の状況。
その中には同じクラスのヤツもいた。
そして、そんな彼らに汐見は心底面倒くさそうに、けれどそれを気づかれないように笑顔を取り繕い対応していた。
そして、現在。
(……珍しいな、ここに誰か来るなん――って!?)
俺がいつものように特別棟にて昼食を取っていると、汐見と一人の男子生徒が特別棟裏に来た。
俺は咄嗟に身を屈め、会話に耳を澄ませる。
「ごめん、急に呼び出したりして」
「……要件は何ですか?」
男子生徒の会話の切り出しに、冷たく返す汐見。
きっと、午前中からの鬱憤もあり相当苛立っているのだろう。
「えっと俺、前から汐見のこと良いなって思ってて……」
「……はぁ」
どうやらこの男子生徒は告白をするらしい。
普通に考えてこの状況での告白なんて成功するはずがない。
しかし、俺は言い知れぬ不安と焦りを感じていた。
万が一オッケーしてしまったら。
そんな嫌な妄想をしてしまっていた。
「でさ、良かったら俺と付きあっ――」
「ごめんなさい」
汐見は男子生徒に言葉を遮り、お断りをする。
俺はひとり胸をなでおろしていた。
「なんでっ……!?」
男子生徒は断られると思っていなかったのか、そんな質問をする。
「なんでって、逆になんでこのタイミングで成功すると思ったんですか? 第一私たちほとんど話したことないでしょ」
「だって、今君は古橋に弱みを握られてるんだろ? なら親が弁護士で合気道全国大会出場者の俺と付き合わない道理がない。法的にも肉体的にも君を縛っている古橋から解放できるのは俺しかいない」
汐見の当然の疑問に自分の自慢をつらつらと述べる男子生徒。
そんな一方的な思い込みで告白しても上手くいくはずがない。
「別にあなたに助けを頼んだ覚えなんてないですし、そもそも彼とはそういう関係じゃありません」
汐見は彼の発言から必要な部分だけを拾い、上手な返答をする。
正直、百点満点の返答だ。
彼のプライドを大きく傷つけることなく”私の主張”と、噂は事実とは違う、そのことを上手に彼に伝えて見せた。
「……それもきっと古橋に言わされてるんだ」
「……は?」
「もういいんだ、俺が君を救って見せるから」
「……いやいや、話聞いてました?」
どうやら、この男子生徒は相当頭がアレらしい。
(にしても、ちょっとまずいかもな……)
先ほどの汐見の発言を否定してしまう当たり、もう話は通じないと考えるのが自然だ。
実力行使だってありえる、というかその可能性が大きい。
などと思っていたら、実際にそうなってしまった。
「ねぇなんで俺から逃げるの」
「え、ちょっと、なんで近づいてくるんですか」
彼の暴走を止める手段。
俺は必死に頭を働かす。
彼を止める手段として、汐見が彼を受け入れるか第三者の介入、そのどちらかが必要だ。
しかし、汐見が彼を受け入れることもなければ、俺が出て行けば話は拗れる。
俺は第三者を呼ぶことを考えるがこの状況じゃ間に合わない。
最悪俺が出て行けば時間は稼げるだろうが、状況がどう転ぶか予想できない。
どうしたらいい。
誰か、誰でも良いから俺以外にも誰かがこの場にいれば……。
その第三者に彼が気づけば彼は怖気づいて逃げ出すだろうから。
「ちょっと、来ないで!」
(……あった)
彼を妄想から現実に引き戻す方法を思いついた。
しかし、これは大きな賭けだ。
(彼が早く気づいて、早く気づかないことを願うばかりだ)
俺はブレザーを脱ぎ、スマホを片手に先ほどまで昼食をとっていた席にそっと座る。
そして、頭の上にブレザーをかけ、突っ伏す。
「これでもう後ろには下がれな――」
『ジリリリリリリリ!!!!!!!!』
「なんだ!? ……って人がいたのか!?」
「うぅ……ん」
俺はブレザーを被ったまま頭を起こす。
そして、そのまま頭にブレザーを被ったまま汐見たちの方へと近づく。
「……うわあああああああああ」
自分の状況を自覚したのか、そんな声が遠ざかっていく。
俺は自分の顔を見せないまま窓を開けた。
「……お前はもう今日は帰れ。 ……とりあえず仲町と飯沢を呼んでくるからここに居ろ」
その場に恐怖のあまり座り込んでしまった汐見にそう告げる。
本当なら誰かと一緒にいるべきだが、俺と一緒にいると悪影響を及ぼしてしまうため汐見の友達を呼んでくることにする。
しかし、その間彼女は独りになってしまい、もしかしたら彼が戻ってくるかもしれないので急がなければならない。
「……うん」
そんな弱々しい声が聞こえてきて、俺は急いで教室へと戻った。
俺は特別棟から教室まで走った。
教室に入ると、仲町と飯沢へと近づく。
そして、俺たちはクラスメイトたちの注目を集めることになった。
それもそのはず。
何故なら俺が対峙している二人は、かつて俺が陥れようとした、とされている被害者なんだから。
しかし、状況が状況なのでそんな視線は無視して口を開く。
「はぁ……はぁ……えっと、その……」
一刻も早く俺は状況を伝えなきゃならないのに、俺は息を切らしてまともに伝えられなかった。
「なに、急に怖いんですけど……」
飯沢はそんなことを言ってくる。
仲町は突然のことで動揺しているようだ。
俺は少し息を整え、仲町と飯沢に周りに聞こえにくいよう小さな声で伝える。
「……特別棟裏、そこに汐見がいるから迎えに行ってくれ。 俺は今から中島先生に事情を説明しに行ってくるから」
「……どういうこと? 話が読めないんだけど?」
仲町がそんな疑問を口にしてくる。
「良いから手遅れになる前に早く行け」
俺は今の汐見が弱り切っていることを知っているから、脅すようにそう言う。
その言葉を聞き、仲町と飯沢は血相を変えて教室を飛び出した。
(これで、ひとまず安心だ)
さっきの汐見の様子を見ると、これでこのあと帰宅するだろう。
あとは今回のことを中島先生に報告しなければ。
俺が時間を確認すると、昼休みはあと十分程度しかなくまたしても急いで向かった。
俺が中島先生に事情を報告し終わり、解放されるとちょうど昼休みが終わった。
どうやら汐見はちゃんと俺の忠告通り早退したようで、午後の授業からいなかった。
授業が終わり、俺と仲町、飯沢は中島先生に第一物理準備室呼び出された。
そこで今回の件に関して事情聴取が行われた。
俺が一通り説明し、幸いにも仲町と飯沢が汐見から奴の名前を聞いていたことから特定はあっさりとされたので、そこですぐに解放された。
中島先生はこのことを今日中に彼の担任、その両親へと報告して、今週中には職員会議にかけるらしい。
本当にいつもは頼りなさそうだが、時折頼りになる先生だ。
「ちょっと待って」
準備室から出て帰宅しようとしたとき、仲町と飯沢に呼び止められた。
「……何の用だ」
俺はいつもの仮面をつける。
学校内の嫌われ者の古橋文月。
みんなのための自分を演じる。
「ありがとう」
「ありがと」
仲町と飯沢が俺に頭を下げる。
「別にお前らのためじゃねぇよ」
「それでも、楓を助けてくれてありがと」
飯沢が頭を下げたまま俺にそう告げる。
(こいつらは、紛れもない”友達”なのか)
俺はそんなことを思った。
彼女からしたら俺は憎むべき相手だ。
それなのに、友達のために頭を下げられる。
どんな苦汁だって飲み込める。
俺はそんな彼女たちを素直に凄いと思ってしまった。
「別に……まぁそうだな。 贖罪だと思っておいてくれ」
俺はそんな本当にした嘘を借り受けて、彼女たちに感謝の意を削ぐためそんな言い方をする。
頭を下げるなんて行為、お前たちが俺にすることじゃない。
「……わかった。 そういうことにしておくから」
「じゃあ私たちはこれで」
そう言って仲町と飯沢は何処かへ行ってしまった。
俺は一度止めた足を再び動かして帰路へと着いた。
(はやく、なんとかしないとな……)
そんなことを家までの道中で考えていた。
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