第20話 噂のはじまり
翌日、俺が起きてきたときには父は既に居なかった。
俺はそのことを確認すると、ようやく緊張が解けたような感じがした。
そして、いつもの調子を取り戻しながら、学校へ向かう準備を開始する。
いつもより少し遅い登校となったが、まだ始業十分前。
俺はいつもと変わらず、校門を通り抜ける。
(……ん? なんだ?)
学内に入ると、何か違和感を感じた。
俺が若干注目されるのはいつものことだが、今日は何かが変だ。
いつもはごみを見るような目で見てくる人はいれど、今日は何か俺を見ながらひそひそと話している光景が見受けられる。
俺が何かしたのか?
そんなことを考えながら、教室へと入る。
俺が教室に入るとそれまでの話し声は消え、クラスメイトの視線が一気に注がれる。
そして、ひそひそ話す声が教室内を包む。
(……やっぱ勘違いじゃないよな)
クラスメイト達の行動で俺に関する何かがあったことを確信する。
俺は一瞬足が止まってしまうも、すぐに自分の席へと向かった。
そして、席に着き、いつものように机に突っ伏す。
全く、俺が何をしたんだというんだ。
俺の立ち位置的に何か嘘の噂を流されてそれが拡散されたと考えるのが妥当かもしれない。
心当たりがあれば別だが、生憎やましいことなど何一つしていない。
(まぁほっとけば、そのうち収まるだろ)
そう結論付けたとき、再び教室内に沈黙が訪れた。
そして、間もなくして教室内はざわつきを取り戻した。
なんなんだ、一体。
俺はこの訳の分からない事態の原因が俺にないか、一度は結論付けたものの、再び記憶を思い返す。
すると、となりで椅子を引く音が聞こえた。
俺は少しだけ顔を浮かし、横目で確認する。
汐見がたった今登校してきた。
時刻は始業一分前。
そのこともあって誰も汐見には声を掛けないが、つい数秒前の沈黙が汐見の姿を見ての反応なら。
俺は思考をめぐらす。
そして、馬鹿でもわかるような一つの結論に辿り着いた。
俺と彼女に何かある、そう噂を拡散した生徒がいる。
俺の立場的に噂は一気に拡散される。
俺と仲良くしている生徒がいるなんてことが知れたら噂になるのも当然だろう。
しかし、俺は心のどこかで思っていたのだ。
学外なら大丈夫。
そうそう、エンカウントなんてしない、と。
完全に驕りだった。
そして、俺の軽率な行動のせいで状況は危機的だ。
今、この学校において、彼女、汐見楓の立場が危ぶまれる状況である。
美化委員の時ならまだいい。
だが、彼女の家にお邪魔していたり、一緒に出掛けていることを知られたら。
そんな最悪な状況まで浮かんできてしまう。
せっかく一昨日壊しかけた関係を修繕できたというのに、今度は一体何なんだ。
そんな思いを抱えながら俺は机に突っ伏していた。
一限、二限と授業は進んでいく。
授業中は流石に何もないが、休み時間のたびに二年六組には人が集まってくる。
理由はもちろん俺と噂されている生徒を一目見るため。
俺ではなく、汐見が見世物になっていた。
最初は俺への視線かと思ったが、周りの反応を見る限り隣の席の汐見に向けたものだった。
「……大丈夫?」
「ちょっと、これやばいんじゃない?」
汐見を廊下にいる生徒たちから隠すように仲町と飯沢が汐見に近づき、話しかける。
「うん、まぁ大丈夫だけど、ここまでとはね……」
汐見もなんとなくこの状況を察しているようだった。
「てか、あの噂はほんとなの?」
「その、出回ってる噂が何かわかってないんだけど……」
「あ、ごめん……」
「あ、ううん、謝らなくて大丈夫だから」
仲町は失敗したと思ったのか、飯沢に噂の説明を託す。
「……”二年の古橋が昨日、彼女と公園に居た。 相手は同じ学年の女子生徒だ。” こんな噂が昨夜一気にLEENのタイムラインで拡散されたんだ」
噂の詳細を話す飯沢。
だが、それってどうなんだ?
たとえ、俺が学校中の嫌われ者でも誰が拡散したかもわからない情報を鵜呑みにするか?
「それだけでみんな信じてるの?」
同じ疑問を汐見も抱いたようだった。
「……そうだね、それだけなら信じなかったけど、これ」
「うそ……」
「盗撮したと思われる写真が上がってて……」
なるほど、それなら納得だ。
きっと、俺でもその噂を信じただろう。
何故なら情報がそろっているから。
公園、女子と二人。
この二つの確定情報があれば誰だって邪推してしまう。
それで、写真に写っている彼女が美少女ときた。
それなら、この状況にも納得だ。
「これってほんとに楓……?」
飯沢が心配そうに汐見に尋ねる。
「……うん、まぁ、それは」
「そっか……」
「でも、別にそこの人と付き合ってるわけじゃないし、第一その日は家族と一緒に来てたから」
「うん、わかってるから」
汐見の弁明を優しく受け止める、仲町と飯沢。
この日、仲町と飯沢は休み時間のたびに汐見を他人からいたずらに向けられる視線から守っていた。
「皆、気を付けて帰るように。 ……それと、古橋はあとで俺んとこに来い」
帰りの挨拶の際、中島先生は俺にそう告げたので、大人しく第一物理学準備室へと向かった。
「お前、どうするこの状況?」
椅子に腰を下ろすなり、中島先生はそんな質問をしてくる。
「どうするって言われても、何もできませんよ」
「……なら、汐見はどうするんだ」
俺が端的に答えると、今度はそんな質問をしてくる。
俺は若干の間をおいて答える。
「まぁ実害は出てないようなので、現状維持でも大丈夫でしょう」
「実害が出てからじゃ遅いんだがな……」
そう言いながら、中島先生は天を仰ぐ。
「……先生は知ってるんですよね、この噂」
「まぁな。 お昼に質問に来た生徒から世間話程度に聞いた」
「なるほど……」
そして、俺たちの間には沈黙が流れる。
すると、中島先生は急な真面目な顔つきになり、予想外の言葉を口にした。
「まぁお前がどうしようが俺の知ったこっちゃないが、前みたいなことはするなよ」
「っ……」
必死に動揺を隠す。
「きづいてたんですか?」
俺は冷静を必死で装い、中島先生に聞く。
「今気づいた、が正しい」
「……やられました」
どうやら俺は、冷静は装えていなかったようだ。
このことで、俺がかなり噂に堪えていたことを自覚する。
「若干揺すった甲斐があったよ。 これであの件の真実に一歩近づいた」
「……先生、探偵気取りはサムいですよ」
「……うっせ、ほっとけ」
小さく息を吐きながら、格好つけて言う先生。
俺がツッコミを入れると、先生は拗ねたように吐き捨てた。
「話は戻りますけど、現状のままなら俺は手は出せませんよ」
「……それならいい」
俺は中島先生のその言葉に疑問符を浮かべる。
「実害が出そうになったらお前は動く。 それを知れただけで十分だ」
「……俺じゃなく先生が動いてくださいよ」
俺はそんな不平を漏らしてしまう。
「ばっか、この手のデリケートな問題は教員じゃ関わりにくいんだよ」
「……中島先生なら簡単そうだと思いますけど」
中島先生はこんな適当な感じの先生だが、男女問わず各学年から人気な教師だ。
「かもな? でもだめだ」
「なんで?」
俺は純粋な疑問を投げかける。
解決できる人間が解決すればいい、そう思うから。
「俺はお前に期待してる。 だからその時が来たら好きにやれ」
「……それは有難い言葉ですが」
この後、現在の状況を整理し終えたら、解決は極めて困難だと結論が出て、二人でラーメンを食べに行った。
二週間ぶりの誰かとの食事。
先生と食べるラーメンはなんだか安心できる味がした。
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