第17話 お出かけ前夜


『相変わらず馬鹿だな、文月は』


「馬鹿って……」


『だって、そうだろ? 好きな女子に自ら嫌われに行くって馬鹿以外の何物でもないだろ』


「……」



 俺は博之のその言葉への反論を持ち合わせていなかった。

 

 汐見宅から帰宅した俺は真っ先に博之にメッセージを飛ばした。

 内容は「今日、通話大丈夫か?」といったもの。

 俺がメッセージを送ると速攻で電話がかかってきた。

 そして、俺は博之に今日の出来事を話したのだった。



『でも、やっぱり文月は文月なんだな……』


「なんだよそれ」



 そんな訳の分からないことを呟く博之。



『いやさ、文化祭のときも今回もお前は自分を省みないなって思ってな』


「……俺だって好きでやってるんじゃない」


『じゃあお前を突き動かすものはなんだよ?』


「……」



 俺を突き動かすもの。

 それは、汐見への歪な想い。

 彼女が幸せならそれでいい。

 そんな純粋だけど歪な感情。


 だが、本当にそれだけなのか?

 俺が本当にそれを望むなら今日の行動は矛盾したものとなる。

 今日、何故あんな事をしたのか。

 それを考えてしまうと何も答えられなくなった。



『悪い、ちょっとクサいよな? 忘れてくれ』


「お、おう……」



 照れているのか恥ずかしそうな笑い声と共にそんなことを告げられた。



『でもさ、そんな状態で明日出掛けるのは厳しくないか?』


「ああ、それ。 今俺を悩ましてる直近の最重要事項」


『お前、時折そういう変な言い回しを使うよな……』


「ほっとけ……」


『でもな、俺が言えるのは文月が全面的に悪いってことなんだよなぁ』


「……ちょっとは友人に寄り添えよ」



 博之の発言に不平を漏らす。



『寄り添っても良いけど、文月はそんなこと求めてないでしょ?』


「……流石」



 俺は見事に自爆してしまう。

 確かに他ならぬ俺自身が悪いと認めている。

 だからこそ、こうして頼っているのだと、博之は分かっているんだろう。



『そうだなぁ……』

 

 その後、小一時間ほど話したが具体的な策は浮かばず、最後の方は博之の惚気を聞かされることになった。




――――View Change――――



「明日、久しぶりにみんなで出かけましょう!」


「はい……?」



 母は古橋君との話が終わったのか、帰宅すると突然そんなことを言い出した。

 私は母の言動に呆れていた。



「……文月兄ちゃんも一緒?」



 おずおずと樹が聞く。



「ええ! さっき約束を取り付けてきたから安心して!」


「やったー!」



 待って、何も安心できない。

 え、なんで古橋君も来るの。



「という訳で、明日の十時出発だから各自遅れないように!」


「……」



 母の思いつきに言葉を失ってしまう。

 突然すぎるし、勝手すぎる。

 私は心の底から沸々と怒りが沸いてくるのを感じた。

 しかし、樹もいて、母も仕事終わり。

 そんな中、怒る気にはなれなかった。




「お母さん」


「どうしたの?」



 樹を寝かしつけ、寝室から出てきた母を呼ぶ。



「あの、明日のことなんだけど、私は家に居てもいいかな?」



 私は申し訳ない気持ちもあったが、正直今は古橋君と会いたくない気持ちの方が大きかった。



「……うーん、私は一緒に来てほしいけど」


「どうしてもだめ?」



 母は少し悲しげな表情を見せるが、私は引けなかった。



「私としては明日文月君と楓に仲直りしてほしいなって思ってるんだけど……」


「なんでお母さんが知ってるの!?」



 私は思わず、立ち上がってしまう。



「今日、ファミレスで文月君が話してくれてね~」



 能天気にそんなことを言う母。

 全く古橋君も余計なことを告げ口してくれて。



「知ってるんだったら、なんで……」


「だって、文月君が私の言いたいことを言ってくれたんだもの」


「え……」



 私は母の言葉に動揺してしまう。



「私はね、ずっと楓に罪悪感というか申し訳なさを感じていたの。いつも家のことや樹のことを優先してくれて有難かったし、嬉しかった。けれど、貴女らしく振る舞うことが減っていって凄く申し訳なかった。苦労を掛けてるなって思って……」


 母が口にする言葉に私は少し声を荒げつつも反論する。


「そんなことない! 私は私らしく私にできることをしてるだけ。だからお母さんが罪悪感なんて感じる必要は無いよ!」


「貴女自身が無自覚でも周りの人は気づくものなのよ? 私も前から気づいていたけれど、楓に嫌われるのが怖くて中々言い出せなかった。いつも回りくどく聞いていた。そのことを文月君が言ってくれて、彼が率先して傷ついて。だから私もちゃんと楓に伝えなきゃと思ってね」


 母は自嘲的な笑みを浮かべながらも、優しい声色で私に告げる。


「そんな、私は、……」


「いますぐ、どうこうってのは言わないわ。けれど、文月君とは仲直りしてほしいなって。本来なら私が言わなきゃいけなかったんだけど、その代わりに色々言ってくれたみたいだから」


「……」


 私は黙ってしまった。

 確かに私は家族のためにを思って行動していた。

 それは認めよう。


 けれど、私が背負いすぎてるなんてことはない。

 絶対にそんなことはない。


 だけど、もしそれがお母さんや樹を苦しめているのなら。

 古橋君との会話の中ではそんなことないと思っていた。


 けど、実際にお母さんは悩んでいた。

 じゃあ私がやってきたことは間違いだったの?

 私はなんのために、誰のために今まで頑張ってきたの?



「……悩まないで、楓」


「……お母さん」


 私が色々なことを考えていると母に声を掛けられた。


「楓にはいつも感謝している」


「うん……」


「わがままだって分かってるけど、私も樹もたまには貴女に甘えてほしいの」


「……」


「じゃないと、貴女の安らげる場所がきっと無くなっちゃうから」


「……うん、わかった」


 分かってなどいない。

 正直、母や古橋君の言うことには何も納得はできない。

 彼らが言う予想には一ミリも理解を示せない。

 ただ、母が私について悩んでいること。

 古橋君が私たち家族を思って事実を突きつけてくれたこと。

 それだけはわかった。


「明日、行くか行かないかは楓の自由にしていいからね」


 優しく笑いかけ、お風呂へと向かう母。


「待って」


「ん?」


 そんな母を私は呼び止めた。


「明日、私も行くから」


「そう、良かった」


 母は優しい声色で私に告げ、今度こそお風呂へと向かった。


 明日、古橋君に謝らなきゃなぁ……。


 そのことに憂鬱を抱えながらも、私は心のどこかで少しだけ明日を楽しみにしていた。

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