第16話 汐見千和との話し合い

 ファミレスに連くと、俺たちは対面に座った

 そして、千和さんから


「何頼む?」


 と言われ、俺はお言葉に甘えてチョコレートケーキを、千和さんはコーヒーゼリーを頼んだ。



「ごめんね、急に誘って」



 注文を終えると、千和さんが切り出した。



「いえ、構いませんよ。 この後予定があるわけでもないですし」


「なら良かった~」


「それで、なんでおれ……僕を連れ出したんですか?」


「あ、”俺”で大丈夫だよ」



 そう言うと、若干の間を置いて、千和さんは口を開いた。



「いやね、文月君はどうやって私の子供たちと仲良くなったのかなぁって……」


「えっと、ですね……」



 千和さんからの質問に順を追って説明する。

 去年の文化祭で樹と出会って、今年は汐見と同じクラスで同じ委員会になったこと。そして、樹と先日偶然再会して、姉が汐見だったこと。

 本当は他にも色々あるが、出会いと家にお邪魔している過程を説明した。

 俺が説明し終わると、千和さんは少し考えこみだした。



「……あの、千和さん?」


「あ、ごめんね? ちょっと疑問点がいくつかあって」


「何かありましたか?」


「そのね、楓は結構警戒心が強い子なんだけど、簡単に文月君を家に上げたのがね?」


「……まぁ確かにそうかもしれません」



 俺はそう言って、千和さんの意見に同意する。



「つまり、楓にそうさせるほどには君に何かあるわけだ」


「はぁ……」



 千和さんがなんか変な勘違いをし始めているが、適当な相槌を打つ。



「楓と付き合ってるの?」


「はぁ……!? 何言ってるんですか!?」



 俺は激しく動揺する。

 その様子を見て、千和さんはまるで悪戯が成功したかのように面白そうに笑う。



「だって、それくらいの理由しか思いつかなくて……」


「……まぁ年頃の男女って言ったら邪推してしまうのも分かりますけど」



 でしょ?とでも言いたそうな表情を浮かべる千和さん。



「でね、文月君は何か楓にそうさせる理由に心当たりはある?」



 そう言われ、俺は黙ってしまう。


 正直、俺と汐見の接点。

 同じクラス同じ委員会。

 俺の仲の良い小学生の姉。


 それくらいだ。

 前者に関しては偶然が重なった結果だからあまり汐見にとって意味を持たないだろう。

 そう考えれば、必然的に後者が理由になる。

 


「……どう?」


「まぁ、そうですね。 俺が樹と仲が良いから、ってのが理由だと思います」


「どうしてそう思うの?」


「彼女がいつも最優先にしているのは家族のこと。 きっと、俺が文化祭で樹を案内した借りを返したかったんですよ」


「……」



 俺の答えを聞くと、千和さんは黙ってしまった。



「やっぱりね……」



 ファミレスの店員さんがデザートを運んできて間もなく、千和さんはそう呟く。

 その呟きは小さい声だったが、俺の耳にも届いた。



「楓さんは家族思いですからね」


「……そうね、そうなのよね」



 そう言いながら千和さんは頬杖をつき、溜め息までついてしまう。



「……千和さんも気づいてはいるみたいですね」



 俺は千和さんに向けて、呆れるような、諦めのような笑みを浮かべながらそう告げる。

 すると、千和さんは数秒の沈黙の後、机の上に身を大きく乗り出した。



「え、なに!? 文月君も知ってるの!?」


「え、ええ、まぁ……」



 身を乗り出した千和さんに落ち着くよう言いながら、そう答える。



「なら、単刀直入に言うけど」



 そう前置きをして、千和さんは姿勢を正した。



「楓に”良いお姉ちゃん”を止めさせたいんだけど、どうしたらいいと思う?」



 俺はその相談を持ち掛けられ、思わず天を仰ぐ。

 そして、つい息を漏らしてしまう。



「本人が嫌がるなら無理でしょ」



 ファミレスの天井を見つめながら俺は答える。



「やっぱりそうだよね……というか、文月君はなんで天井を見つめてるの?」



 千和さんから諦めの声と、純粋な疑問が問いかけられる。

 俺は今日のことを答えるか迷ったが、今後汐見宅にお邪魔することも無くなりそうなので素直に言うことにした。



「そうだったのね……」



 俺は今日の汐見との会話について千和さんに伝えた。



「まぁ確かに出過ぎた真似をしたな、とは思います」


「まぁそうよね。 でも、私は文月君が楓にそう言ってくれたことが嬉しい」


「……嬉しい?」



 俺は純粋な疑問を返す。



「だって、私と同じくらい楓のことを見てくれてるんだもの」


「気づいたのは偶然ですよ、偶然」



 それが必死に取り繕う。

 しかし、千和さんは首を横に振る。



「だいたい、普通はそんな些細な違和感とか発言気にしないよ? まぁもし偶然気づいたとしても、それを指摘したりしないからね?」


「……まぁそうかもしれませんけど」



 俺はこの一瞬で千和さんに俺の嘘を鵜呑みにした際の矛盾点について指摘されてしまった。



「だから、嬉しいのよ?」


「そうですか……」



 俺は純粋な好意を向けられ、思わず目を逸らす。

 そして、同時に俺は所詮、経験値がある大人には適わないことを思い知らされた。



「でも、尊敬するわ」


「え……」


「だって、私はそんなことできないもの。 そんなことしたら楓にどんな嫌われ方をするか……。 実際、文月君は楓と喧嘩しちゃったわけだし」



 千和さんは再び頬杖をつき、そんなことを漏らす。



「まぁ喧嘩と言うか、言い合いと言うか……。 まぁ嫌われはしたと思いますけど」



 俺は当り障りなく千和さんの意見に同意する。



「……あのさ、なんで文月君はそのことを指摘しちゃったの?」


「なんでって言われても……」



 俺は言葉に詰まってしまった。

 嫌われるのが分かっていたのに、何故。

 その答えは単純明快。

 俺は建前上は樹のためにと言った。

 けれど、本当のところは。



「……あの、私聞いちゃいけないこと聞いた?」


「あ……いえ、大丈夫です」



 俺はそう言うと、机を見つめながらぽつりとこぼす。



「ただ、俺と同じ間違いをして欲しくなかったんです」


「……」


「俺はいつからか父親の前では常に緊張してまともに喋れなくなってしまったんです。昔は好きだった家族と一緒にいることが、今では苦痛でしかありません。その当時は俺は上手くやらなきゃ、っていう自分自身の思いに押しつぶされていきましたから」



 俺は少しの嘘を混ぜながら本心を伝える。

 いつから。それは母が亡くなったときから。

 そんなことは言う必要が無いと思い、嘘を吐く。



「だから、楓さんには家族のことを疎ましく思って欲しくない。 そんなことくらいなら俺が、って思ったんです」


「……話してくれてありがとね」


「いえ……」



 そう言いながら、千和さんの方を見ると、とても優しい笑みを浮かべていた。

 そして、お互い手を付けていなかったデザートを食べ始める。



「――そうだ!」 



 デザートを食べ終わり、ファミレスを出ると千和さんがそんな声を上げる。



「明日、樹と楓と私。 そして、文月君の四人でお出かけしようよ!」


「はぁ!?」



 俺は思わずそんな声を上げてしまった。



「樹は遊びに行きたがってたし、楓にもたまには羽を伸ばしてほしい。 そして、私も子供達には寂しい思いさせてるし、文月君には子供たちもお世話になってるからお礼したいし」


「……あのですね、先ほど俺と楓さんの会話の話しましたよね? こんな状態ではみんな楽しめないかと」


「じゃあ、明日は楓と仲直りしなよ?」


「随分と簡単に言ってくれますね……」



 こういう、無茶を簡単に言うところは汐見そっくりだ。



「楓には私の方からフォロー入れておくから大丈夫」


「何が大丈夫なんですか……」



 千和さんのフォローでどうにかなるものなのかと、不安になる。



「まぁまぁ。 こんなときくらい大人に任せておきなさい」


「……もう好きにしてください」



 俺は諦めて素直に千和さんに従うことにした。

 この辺の強引さは、さっきの樹に似ている。



「明日は十時にアパートに来てね?」


「はい……」


「今日は付き合ってくれてありがとう! じゃあ明日はよろしくね~」


「はぁ……」



 そう言ってアパートへの帰路へ着く千和さん。


 俺は帰道で今日の出来事を思い出す。

 汐見に樹の前では理想のヒーローを演じろと無茶ぶりされた。

 その後、汐見を怒らせた。


 また、樹からは三人で一緒に出掛けようとかいう、爆弾を投下された。

 さらに、汐見たちの母である千和さんに明日の約束を半ば強制で取り付けられた。

 

 ああ、明日が憂鬱だ。

 どんなお出かけになることやら。

 そんな不安を抱えながら家への道のりを歩いた。

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