第14話 二つ目の仮面
「えっと、粗茶ですが……」
「あ、どうも」
俺が汐見の家にお邪魔したとき、樹は昼寝してしまっていた。
そのため、
「……」
「……」
この空間には俺と汐見、二人きりになってしまった。
そして、気まずい雰囲気になってしまう。
「……樹、起こそうか?」
沈黙に耐えられなかったのか、汐見が口を開いた。
「いや、起こすのもあれだから」
「そっか……」
「……」
「……」
俺の返しが悪かったのか、再び沈黙が流れる。
「あのさ」
「……えっ、なに?」
俺が汐見に話しかけると、汐見は肩をビクッと揺らしたのちに返答した。
「俺ってなんで今日呼ばれたんだ?」
俺は当然の疑問を汐見に投げかけた。
「さぁ? 樹が古橋君と遊びたいって言ってたから呼んだだけだから」
「……なんか、ごめん」
「なんで、古橋君が謝るの」
なんとなく謝ってしまった俺に反応する汐見。
「いや、俺なんかが樹に懐かれて、休日にこうやって家に居て……」
俺の声は途中で消え入り、黙ってしまった。
「……きっと、樹は古橋君に憧れてるんだと思う」
「え……?」
俺は汐見の予想外の発言に驚いてしまう。
「だって、樹を二度も助けてくれたんでしょ?」
「いや、ただ声を掛けただけなんだが……」
「それでも、樹は古橋君に救われたと思ってる」
俺は言葉を失ってしまう。
そんな、俺は誰かから憧れるような人間じゃない。
「もしそう思ってるなら、正直荷が重い」
俺は素直な感情を吐露する。
「嫌われ者は演じられるのに、子供の憧れはできないんだ?」
「あれは演技じゃなく、事実だ」
意地悪い笑みを浮かべながらからかってくる汐見の発言を訂正する。
「……じゃあさ、樹のごっこ遊びに付き合ってあげてよ」
「……?」
突然脈絡のなくそんなことを言う汐見。
「男の子は特撮ヒーローに憧れてヒーローごっこをするでしょ?」
「……」
汐見が何を言いたいのかなんとなくわかったが、俺は黙って次の言葉を待つ。
「特撮ヒーローだって、俳優さんが演じてるだけだから」
「だけ、って随分なことを言うな」
俳優さんだって一生懸命やってんだ。
そんなこと言ったら可哀そうだろ。
「それに樹がこんなにわがまま言うなんて久々だったから…」
「そうなのか?」
俺は少し大人びて見えるが、年相応の言動だと思っていたが。
「そうだよー? 樹が子供になってるのは友達と古橋君の前だけなんだから」
「……じゃあ、やっぱり俺は憧れなんかじゃないだろ? ただの少し年上の友達っだって思ってるんじゃないか?」
俺がそう問うと、汐見は首を振る。
「ううん、違うよ」
「……なんで汐見にそんなことわかるんだよ?」
「だって、家族だから」
「……理由はそれだけ?」
俺はついそんな返しをしてしまう。
「うん、それだけ」
「……そうか」
汐見は寝ている樹を見つめながらそう答えた。
そして、俺はそんな姿を見て納得してしまう。
「ね?だから……」
汐見はそう言いながら身体を俺の方に向け、一息おいて、
「――樹を騙し抜いて」
そう言い放った。
「……俺にヒーローを演じ続けろと?」
「うん、樹の前では格好良くて頼りになる、良い遊び相手のお兄さんでいて」
俺は思わず、天を仰ぐ。
「随分なことを言ってくれるな……」
そんな言葉が口からこぼれる。
「……だめ?」
そんなあざとくお願いしてくる汐見。
「……樹の前ではああいうことはしない」
「うん、ありがと」
俺は汐見の姿に心を奪われながらも、必死にそんな答えを捻りだした。
きっと、汐見は俺に樹の前であの件みたいな行動をさせたくなかったんだろう。
そんなことすれば、樹の中のヒーロー像が崩れてしまう。
でも、だからってこんなに回りくどく言わなくても、あざとく頼まなくても良かったのに。
(……待てよ)
俺の中にあった、月曜日に感じていた違和感が何なのか、一つの仮説が浮かんできた。
俺は、それを暴くことに躊躇いを感じつつも口を開く。
「……汐見って相当なブラコンだよな」
「え」
唐突にそんなことを言うと、携帯を見ていた汐見が顔を上げる。
「だって、そうじゃないか? 普通は弟のためだからって、そんな頼みしないし」
さっきのお願いは俺の中での優先順位を入れ替えろ、というものだったんだから。
彼女はたとえ、弟といるときは何のためであっても、弟の持つヒーロー像を最優先にしろって言ってきたんだ。
「……だって、私たちは家族で助け合っていくしかないし」
汐見がそう呟く。
きっと汐見の家庭には、色々あったんだろう。
家を見る限り、金銭的に余裕がないこともなんとなくわかる。
だから、何も知らない俺は口を出すことを許されないだろう。
「……本当に助け合っているのか?」
しかし、俺は思わず汐見に問う。
「汐見は色々背負いすぎなんじゃないか?」
俺の口は止まらない。
「俺の知っている汐見楓は弟が最優先、自分の意見を押し殺している。だから――」
「……黙って」
汐見がいつか、加藤君に向けたような鋭い目つきと怒りのこもった声色を放つ。
「私たちの苦労も知らない古橋君にそこまで言われる筋合いはないから」
そして、
「次、わかったようなこと口にするようなら叩きだすから」
ぴしゃりと、汐見は俺を拒絶する。
「……じゃあ、さ」
「……まだ何かあるの?」
俺が口を開くと汐見はさらに鋭い視線を向けてくる。
俺はそんな眼光に怯まず、確信に迫る質問を問いかける。
「汐見は誰に助けてもらってるんだ?」
「そんなの、お母さんと樹に……」
「それは汐見の手伝いとして、じゃないのか?」
「……」
(やっぱり……)
俺はずっと”樹の姉の”汐見楓に違和感を感じていた。
最初はいつもと違う一面を見て、新しい一面を知れた喜びに浸っていた。
そして、月曜日に俺に挨拶した時に、正体不明の違和感を感じた。
だけど、さっきあざとく俺に頼んできたときに何となく気づいたんだ。
彼女があざとく頼む姿なんてのはクラスメイトや友人相手にも見たことなかった。
普通、あざとさを武器にするタイプの人間は日頃の会話や言動からそういう一面が垣間見える。
けど、去年から一度だってそういうことをする汐見を見たことがない。
だから、気づいたんだ。
彼女は無理をしているんじゃないかって。
さっきまでの会話は凄く自然に思えた。
それもそのはず。
だって、家にいるときの汐見はいつも”お姉ちゃん”を演じてるのだから。
このことに俺が気づけたのは、去年から汐見のことを目で追っていたから。
ただの挨拶に違和感を感じたから。
そして、汐見との会話にあった、小さなボロを見つけられたから。
真実に辿り着いたのは全ての小さな積み重なりの結果だ。
「でも、お金とかはお母さんが稼いでくれてるし……」
「それは親の義務だ。 そんなの、助けなんて呼ばない」
汐見は少し震えた声で反論するが、俺はそれを一切する。
「……」
「……」
沈黙だけが流れる。
俺が仮説を立証したがために、先ほどまでの明るい空気は一転、重たい雰囲気になる。
「……もしそうだとしても、古橋君には関係ないでしょ」
「かもな」
俺は汐見の言葉をあっさりと肯定する。
「じゃあやめてよ、首を挟むのは」
至極当然の発言だ。
「だけど、俺なんかが気づくってことは樹もいずれ気づく」
「……そうかもしれないけど」
「そのとき、樹に嫌な思いをさせることになるかもしれない、いやきっとなるだろう」
「……」
汐見は俯いてしまう。
当たり前だ。
俺は今までの汐見の行いを全否定したんだから。
「まぁ俺は結局どこまで行っても部外者だ。 今日のことを忘れるのも汐見の自由だから」
俺はそう言い、黙る。
「……買い物行ってくるから、樹お願い」
汐見は小さくそうこぼすと、身支度をして家を出ていった。
(やっちゃったな……)
そう思いながら遠くを見つめる。
「んん……」
俺が先ほどのことに後悔していると、樹からうめき声が聞こえる。
起きるのが今でよかった、と心の底から安堵する。
これからの不安を抱えながらも樹の意識が覚醒するのを待った。
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