第13話 樹が繋げてくれたもの

 土曜日。

 朝日の光で目を覚ました。

 手を伸ばし、スマホを取ると時間を確認する。


 時刻は七時前。

 休日に久々にこんなに早く起きた。

 いつも目を覚ますのは九時くらいなのに。


(それだけ、今日を楽しみにしていたのか……)


 そんなことに気づいてしまう。

 樹と遊ぶのが楽しみなのか、それとも。


(いや、それを考えるのはやめよう)


 そう思い、俺はベットから起き上がり着替える。

 そして、いつもの様にスマホでニュースを見ながら朝食を取る。


(まだ、九時か……)

 随分と時間が経った気がしていたが、まだ起きてから二時間程度しか経過していなかった。

 十三時までにはまだまだ時間がある。



「そういえば……」



 俺はあることに気づく。

 友達の家には行ったことはあるが、それは皆男だった。

 先日、俺は人生初女子の家に入ったんだ。


 そんな一般的には大したことでは無いが、この十六年間女子に無縁な人生を送ってきた俺には十分大したことであると今更認識した。

 そして、今週もその女の子の家にお呼ばれする。

 まぁ呼んだ相手は女子じゃなく、少年だが。


(以前は突然だったが、今日は手土産くらい持っていくべきだよな……)


 そう思い、俺はキッチンの棚に何か入っていないか探す。

 ……ない。 

 てかどこに何があるかもよくわかんねぇ。

 家に手土産として持っていけそうなものを探すどころか、家に何があるかわからないという俺の重大な欠陥が見つかってしまった。


 今度、最低限は良子さんに聞いておかないとな。

 そう思いながら、スマホを触る。


(……何かないか)

 俺はマップアプリを開き、自宅から汐見宅の周辺に何かいい感じのお店は無いか、調べる。


 結構な件数のお店が見つかるが、何が良いかわからない。

 そもそも、誰かに何かを渡すなんてことをするのは数年ぶりかもしれない。

 最後がいつだったのかすら思い出せないくらいだ。

 そんな俺には何が最適な手土産かわからなかった。


 とりあえず、ひとつひとつ目を通していく。

 洋菓子か和菓子か、それとも何か食事に活用できそうなものか。

 悩んでしまう。


 汐見が喜ぶもの、そればかり考えてしまう。

 中々手土産が決まらず、一旦時刻を確認する。

 すると、時刻は既に十一時半。

 十二時半には家を出なきゃ、汐見の家に着かないし、手土産を買って行くなら三十分は早く出ないと。

 そう考えると、あと三十分で家を出なくてはならない。



「とりあえず準備するか……」



 俺は携帯をベットに放り準備に取り掛かった。

 そして、準備ができるとショッピングモールへと向かった。



「……どうすれば」



 思わず情けない声が零れる。

 時刻は既に十二時半。

 ここから汐見宅まで歩いて十分程度。

 そう考えると二十分くらいしか時間は残されていない。



「あれ、古橋?」



 唐突にそう声を掛けられ、俺は声の方に身体を向ける。



「あ、中島先生」


「どうしたんだ? こんなところで」


「えっと、ですね……」



 俺は時間がもう残されていないこともあり、中島先生に事情を話して相談に乗ってもらう。

 もちろん、汐見の家に行くことは伏せてだが。



「……お前、結構バカだな」


「……別に今成績の話はしてないです」


「いや、確かにお前の成績は下の方だが……」



 そんなことを言いながら頭をガシガシと掻く中島先生。

 そして、俺はその後に続く言葉を待つ。



「別に何を貰っても喜ぶだろ、普通」


「そうですけど、できるだけ……」


「そもそもお前とその相手は別の人間なんだ。 欲しいものなんて分かるはずがない」


「じゃあ」


「ただし、貰って嬉しいもの、ってのはある」



 そう言うと中島先生は右手で拳を作り、自分の胸を叩く。



「それをあげたいと思ってくれた心だよ」


「……それってただの一般論というかありきたりなことっていうか」


「だからお前はバカなんだよ。 当たり前ができての応用。 勉強でも何でも一緒だ」


「まぁ勉強は確かに……」



 まだ、納得していない俺に中島先生は言葉を続ける。



「仮にお前が小学生を助けたとする」


「何ですか、そのたとえ」


「いいから聞け。 んで、その小学生から一輪の花を差し出される。 お礼に、ってな」


「はぁ……」


「お前はそれが要らないからって受け取らないか? 嬉しくはないか?」


「……」



 俺は思わず黙ってしまった。

 いつもはわかっている俺は大事なことを見落としていたみたいだ。



「ありがとうございます! おかげでなんとかなりそうです」


「そうか、良かったな」


「では俺はこれで」



 俺はそう言い、中島先生に背を向ける。



「なぁ古橋」


「なんですか?」



 俺は顔だけ中島先生の方に振り返る。



「俺は、お前が青春してるようで嬉しいよ」


「なんですかそれ」



 訳の分からないことを言う中島先生にそう告げ、俺は駆け出した。



「はい、どちら様ですか?」


「あの、古橋ですけど」



 俺がそう答え、少しすると玄関付近に人の気配がした。



「いらっしゃい、古橋君」


「お、おう……」



 ドアが開かれ、出迎えたのは汐見だった。

 てっきり樹が出てくるものかと思ていたが予想外の人物で動揺してしまう。



「なに、その反応」



 汐見は少し口元を緩めながら言う。



「いや、ちょっとな……あ、これ大したものじゃないけど」



 そう言って、俺は手に持っていたケーキを差し出す。



「え、別に気を使わなくても良かったのに……」


「いや、俺が樹に食べてほしいって思っただけだから」



 俺は中島先生と話した後、ショッピングモール内のケーキ屋に向かった。

 そこで適当なケーキを六つ選んだ。

 レジに並んでいる間、俺はなんであんなことで悩んでたんだろうと思い返すと、それはきっと見栄だったんだろう。

 汐見に少しでも、そんな思いから。


 けど、俺を今日誘ってくれたのは樹だ。

 だったら樹に向けて手土産を考えなきゃいけなかったんだ。

 そう思ったんだ。



「……もしかして古橋君、樹のこと気に入ってる?」


「……かもな」


「……そっか」



 そんな会話を交わす、俺たち。



「じゃあ入って。 樹なんか昼寝しちゃって……」


「そうなんだ……えっと、お邪魔します」



 そうして、俺は二度目の汐見家の敷居を跨いだ。


(一週間前までは警戒対象だったのにな……)

 そんなことを思ってしまう。

 どうして、こんなに警戒心を解いてしまっているのだろうか。

 彼女があの件の真実にたどり着かない保証はない。


 だから、常に警戒して距離を保たなきゃいけないのに。

 なのにどうして。

 そう考えるが、思い当たることはたった一つしかなかった。


 こうななったのは、樹の存在だ。

 きっと、彼が俺と汐見を繋げたのは偶然で、意図してなくて。

 それが、結果的に俺から警戒心と冷酷な態度を奪い去ってしまい、仮面がなくなった俺は汐見にも素顔で接するようになってしまったんだ。


 そして、少し前まで、彼女を手段として篭絡しようとしていた自分が恥ずかしくなる。

 だって、今俺は彼女に恋していて、彼女を見るだけで胸が高鳴る。

 彼女に素で接するようになってから特に、だ。

 どう考えても、俺の方が篭絡されている。


 もし、彼女と結ばれなくても。

 どうか、今だけはこの思いだけは許してほしい。



「なに、ぼーっとしてるの?」


「ああ、悪い」



 玄関で靴も脱がず、立っている俺に当然の疑問を投げかけてくる汐見。

 俺は靴を脱ぎ、彼女の後に続く。

 俺の前を歩く彼女は、部屋着だったが学校で見る姿より何倍も美しかった。

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