第12話 朝の奇妙な状況

 週末も終わり、新しい週がやってくる。

 流石に春休みボケも消えて、倦怠感なく登校できるようになってきた。

 学校に着き、外履きから上履きに履き替え、教室に向かう。


(少し早いな……)


 ちらりと、左手首の腕時計で時間を確認する。

 まだ、始業二十分前。

 クラス内の生徒は数人しかおらず、俺は特に視線など浴びることなく自分の席に着く。


 そして、スマホでニュースを見ながら始業十分前まで時間を潰すことにする。

 始業十分前になると一気に人が増えだすので、そうなる前に机に突っ伏す。

 早く登校してしまった日はそれがお決まりの行動パターンだ。


 始業開始十五分前。



「おはよう」



 そんな声が、左から聞こえてきた。

 俺はその声を無視して、スマホをいじり続ける。



「……」



 どうやら諦めたようで、声の主である汐見は席に着く。

(ん……?)

 横目で汐見を見ると、何故か凄く違和感を感じた。



「あれ、楓? 今日は早いね!」


「あ、ほんとだ~」



 汐見が俺に声を掛けてきてから一分もしないうちに仲町と飯沢は登校してきた。

 危ない。本当に危ない。

 汐見は俺のことをあの件の犯人と思っていないけれど、仲町と飯沢からしたら俺は友達との仲を引き裂こうとした極悪人なんだから。


 もし、俺と言葉を交わしている現場が発見されようものなら彼女たちが全力で阻止しようとしたりして、朝から面倒なことになっていただろう。

 そんな事態にならず、安堵しながら机に突っ伏す。



「おはよー、優子、千弦」


「おはよ!」


「おは~、てか楓さんが私たちより早いとか珍しくない?」


「それ! なんかあったの?」


「いや、今日は朝早く出れたから……」



 朝少し早く来ただけで仲町と飯沢に心配される汐見。



「あやし~」


「うん、怪しい」


「なんで疑われてるのかな……」



 しかし、二人は理由がそれだけじゃないと疑う。

 別に朝早く来てしまうことぐらいあると思うが……。

 俺は汐見に同情しながら、その後も質問攻めにし、される三人の会話を聞いていた。


 

「おはよー!」



 始業五分前。

 そんな普通の大きさの挨拶が教室内に響く。

 そして、誰もが彼女、神崎奏に注目する。

 突っ伏している俺でさえ彼女の声がはっきりと耳に届いているんだから。


 そして、ほんの一瞬の沈黙ののち彼女への挨拶がクラスメイトの大半の口から発せられる。



「おはよー、奏」


「おはよう!」


「おはよう、神崎さん!」


「おはようございます!」


「おっはー」



 流石に軍隊ではないので挨拶は統一されておらず、疎らで色々な種類の挨拶が聞こえてきた。



「おはよう、神崎さん」


「おはよ!」


「おは~」



 隣にいる仲良し三人組も例に漏れず挨拶を返していた。



「はぁはぁ……間に合った!」



 始業一分前。

 勢いよく教室の後ろの扉から入ってきたのは加藤君だった。

 俺はその勢いに驚き、思わず顔を上げて加藤君のほうを見てしまった。



「おい、加藤遅いぞ!」


「間に合って良かったな~」



 クラス内からそんな声が聞こえてくる。

 そんな彼らに返答しながら自分の席へと向かう加藤君。

 しかし、何かを思い出したかのようにUターンしだす。



「おはよう、古橋!」



 何故か俺に挨拶してきた。



「……うす」



 返答に困った俺は変な返しをしてしまうが、加藤君は満足したようで今度こそ席に向かった。

 そして、中島先生が教室に入ってきて朝のショートホームルームが始まる。

 汐見と加藤君。

 何故か二人に挨拶される不思議なことが起こったが、これはまだ始まりに過ぎなかった。




 火曜日。


「おはよう」


「おはよう、古橋!」



 水曜日。


「おはよう」


「おはよう、古橋!」



 木曜日。


「おはよう」


「おはよう、古橋!」



(勘弁してくれ……)

 ショートホームルーム中、俺はついそんなことを思った。

 今日は木曜日だが、これで四日連続。

 毎朝汐見と加藤君に挨拶をされる。

 汐見の方は無視しているが、加藤君は何故だか無視できず反応を返してしまっている。


(いったいどうなってるんだ……)

 加藤君はともかく、汐見は朝少し早い時間帯で誰も聞いてないだろうとか思ってそうだが、クラスには数名既に登校してきている状況で俺に挨拶をしてくる。

 初日はともかく、三日目、四日目ともなれば皆注目しだす。


 そして、加藤君は始業ギリギリに来るくせに、俺への挨拶だけは欠かさない。

 当然その時は既にクラスメイトのほとんどが登校してきているわけで。

 俺はここ数日、不必要に他人の注目を集めており、加藤君を奴隷にしているなどと、有らぬ噂までたてられている始末だ。



「古橋と汐見! 今日美化委員の活動があるから放課後は校門付近に集まるように」



 中島先生が俺と汐見の方を見て言う。

 それが、最後の連絡事項だったのか、中島先生は教室を後にする。


 

 午前の授業を終え、昼休み。

 そして、午後の授業を終え、放課後がやってきた。

 一週間で一度、放課後を拘束される美化委員のお時間だ。

 俺は貴重品以外は教室に置いていき、校門へと向かう。



「美化委員はこっちに集まってください」



 校門横に恐らく美化委員と思わしき集団がいたのでそこに向かう。



「全学年全クラス集まったようだな。 それでは美化委員の活動を始める」



 芹沢会長が点呼を終え、そう言って各クラスに掃除道具を取りに来るよう指示する。

 そして、一通りざっくりとした説明を終えたところで活動開始になった。



「……どの辺でやる?」



 俺は小さな声で汐見に問いかけた。

 清掃範囲は学校周辺ならどこでも。

 ただし、規定時刻には戻ってこなきゃいけないし、ごみの分別もしなければいけないのでサボったりすることはできない。

 加えて、同じクラスの二人で一班として、お互いに監視し合うという更なるサボり対策がされている。



「うーん、じゃあ河川敷の方にしよ」



 そう言うと、汐見は先導して歩き出した。

 俺は置いていかれないよう少し後ろを歩きながらついていく。


 河川敷には若干の美化委員らしき生徒がいたが、お互い結構な距離にいた。

 俺たちも他の班から距離を取って清掃活動を始める。



「……ねぇ」



 清掃活動を始めてしばらくすると、汐見からそんな言葉が投げかけられた。



「……なんだ」



 俺は短く冷たく言い放つ。

 一応、少し離れたところに人がいる。

 ここに樹がいるわけでもないし、念のために学校での対応を行う。



「なんで毎朝無視するの?」


「当たり前だ。 なんでお前に挨拶しなきゃいけないんだ」



 小さくけど汐見に届く声で冷たく言い放つ。



「……樹が今週も古橋君と遊びたいって言ってるんだけど」


「あー……」



 お互い河川敷のごみを拾いながら会話する。

 汐見がここ四日間挨拶していた理由。

 それは樹からのお誘いを伝えるためだった。



「わかった。 日時とかは?」


「……土曜、十三時に家に来てって」


「了解」



 俺と汐見は会話しているのを周りから悟られないよう極力小さな声で、会話の素振りを見せないで会話を無事終えた。


 規定の時刻になり、俺たちは学校に戻り集めたごみを分別して捨てる。

 それが済めば流れ解散となった。

 お互い教室に荷物を置いてきているようで、俺は汐見に追いつかないよう汐見の少し後ろを歩く。


 やってることはストーカーみたいだが、仕方ない。

 そう思いながら、教室へ向かう。

 そして、別々に教室を出てお互いの帰路に着く。


 土曜日の午後一時、汐見宅。

 億劫な美化委員の活動が終わると同時に、週末の楽しみが現われた。

 今週は何をするのだろうか。

 久々にできた週末の用事に俺は無意識ながら心を躍らせていた。


 

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