第11話 先日の件



「樹、眠いならさっさとお風呂入ってきなさい」


「はーい……」



 夕飯を終えて、間もなく目を擦りながら眠そうにしている樹。

 汐見が風呂に入るように促すと、樹は着替えを持って洗面所へと向かった。



「……」


「……」



 沈黙が流れる。

 お互い一年間同じクラスだったと言えどもほとんど話したことがない。

 先日の美化委員の後がまともに話した唯一の機会だと言っても過言ではない。

 そろそろお暇しようかな……。



「あのさ……」


「ん? どうした?」



 沈黙を先に破ったのは汐見だった。

 俺は必死に冷静を装い、返答する。


 すると、何故だか汐見は困ったような表情を浮かべ、黙ってしまう。



「いや、古橋君に素の対応されるとなんだかやりにくいんだけど……」


「……あー。 でも、樹の前では、というかここでそんな対応する方が変だろ」


「……まぁ確かに?」


「だろ? ……で、それとは別に何か聞きたいことがあるんだろ?」



 俺がそう聞き返すと、少し目を逸らしながらまぁ、とこぼす。



「あのさ、この間私もしかして聞いちゃいけないこと聞いた? なんか凄く顔色悪かったから」



 汐見から切り出されたのは先日のことだった。



「まぁ聞いて欲しくはないことだよな、あの件は」



 直球で切り出した汐見に、俺は嘘偽りない本音で返す。



「そっか……ごめん」


「ああ……」 



 何だか気まずい雰囲気になり、再び沈黙が流れる。



「あの汐見」


「なに?」



 今度は俺から沈黙を破る。



「汐見がこの間俺を呼びだしたのは、樹の件のお礼か?」


「え……なんで」


「わかったのか、って?」



 俺がそう言うと汐見はコクコクと頷く。



「俺が分かったのは、樹が汐見の弟だってことと、汐見家の他者への価値観かな?」


「……どういうこと?」



 汐見はてんでわからないと言いたそうな表情を浮かべていた。



「汐見家の人間は他者へ借りを作りたくなかったり、無償で施しを貰うのを良しとしない傾向があると思うんだ」


「……確かにそうかもしれないけど、でもそんなこと」



 汐見は少し考え、俺の言葉に賛同するが、碌に話したことのない俺に分かるはずがないと言いたげだった。



「樹に初めて会ったとき、男女逆転喫茶でのお題を持とうと言ったんだ。 けど、樹はそれを拒んだ。 その後も、今日だって最初は拒まれたさ」


「まぁ、樹はいい子だから……」


「それは汐見もだろ? 今日こうして俺に夕飯をご馳走してくれたのは樹と遊んでくれたことに対して。 先日の一件は樹と一緒に文化祭を回ってくれたことへのお礼。 そうだろ?」



 文化祭で一般公開が終了直前まで樹といた俺には犯行は不可能。

 一般公開が終わり、教室に戻ってきたらあの事件が起こったんだから。

 汐見は俺と樹が一緒に居たことをどこかのタイミングで樹から聞いたんだ。


 そして、クラス内で孤立するであろう俺に義理を果たすために、あの日俺を呼びだした。

 俺は今日汐見がご飯を食べて行ってと言ったときにこの結論へとたどり着いた。



「……」



 俺が推論を述べると、汐見は黙ってしまった。

 そして、しばらくすると何故か一人でぶつぶつと呟きだした。



「……あの、汐見さん?」


「あ、ごめん。 いやでもそっか、なるほどね」


「何がなるほどなんですか……?」



 心配して声を掛けると、何やら何かに納得した様子だった。

 そして、俺は恐る恐る聞いてしまう。



「うーん、内緒かな?」


「なんだそれ」


「いいじゃん。 古橋君も私に色々隠してるし」


「まぁそれは……」


「だからこれはここまで!」


「お、おう……」



 そして、三度沈黙が流れる。



「……あ、樹のカードいくらだった?」



 先ほどのことを思い出したのか、そう聞いてくる汐見。



「ああ……別に気にすんな。 俺が樹と遊びたかっただけだから、な?」


「……古橋君がそれでいいなら」



 汐見は不服そうな表情を浮かべる。

 そして、暫くすると汐見はキッチンへと向かい、何か作り始めた。



「何作ってるんだ?」


「明日のお弁当のおかず」


「……なるほど」



 俺が疑問をぶつけると、汐見は手元から目を離さずそう答えた。

 弁当なんて作ったことのない俺には無縁の話だった。



「じゃあ、今日はありがとう」


「こっちこそありがとう、文月兄ちゃん」


「ありがと、古橋君」


「汐見も突然悪かったな」


「いや、こっちから誘ったんだし」



 時刻は午後七時。

 樹がお風呂から上がってきたところで俺は玄関へ向かった。



「あ、そうだ」


「……?」



 俺は鞄からカードを取り出し、樹に渡す。



「え、兄ちゃんこれって?」


「俺のカードだ。 樹に預けとく」


「でも、これは……」


「姉ちゃんが暇なときにでも遊んで貰え。 兄ちゃんがやりたくなったら姉ちゃんに言って持ってきてもらうから」


「でも……」



 樹は俺から渡されたカードと汐見を交互に見る。



「……預かっておきなさい」



 汐見は優しく樹に微笑む。



「うん! じゃあまたぼくとカードやってくれる?」


「おう」



 そう言い、樹と指切りをする。



「それじゃあ、お邪魔しました」


「気を付けて帰ってね」


「また遊ぼうね、文月兄ちゃん!」



 こうして、俺は汐見宅から帰路に着いた。


 家に帰るまでの道のりで俺は今日の出来事を振り返る。



「……ほんと色々あったなぁ」



 そんな言葉が口からこぼれた。

 樹が汐見の弟で、汐見の家で夕飯までご馳走になって。

 汐見と少し会話して、彼女から謝罪を受けた。


 あの様子からして、あの件の真実に近づこうとは思ってなさそうだった。

 とはいっても、気は抜けない。

 今後とも警戒しなくてはならないが、少し安心した。

 彼女が知っているのは俺が実行犯じゃないってことだけ。

 それを確信できただけ今日という日は有益だった。


 家に着くと、俺は最低限のことだけしてベットに横になった。

 久々に楽しいことがあったな。

 そんなことを思いながら俺は意識を手放した。




――――Change View――――



「ふぅ……」



 古橋君が帰宅したあと、私は洗い物を終え、樹を寝かしつけた。

 時刻は二十一時。

(いつもと大して変わらないな……)

 私はついそんなことを思ってしまう。


 今日は土曜日で休日。

 学校に行かなくていいから、少しはゆっくりできたけど。

 それでも、自分の時間ができるのは休日だろうと、このぐらいになってしまう。



「それにしても、今日は驚いたな……」



 今日の出来事をぼんやりと振り返る。

 樹が友達と遊びに行くってのだけでも月一程度の結構珍しい日だったし、その樹が何故か古橋君を連れてくるし。

 驚きの連続だった。


(やっぱり、この間あのことに触れたのは不味かったかー……)

 私は樹から話を聞いて、古橋君が本当は優しい人だってことを知った。

 だから、私は彼は何かを隠すために嘘を吐き、嫌われ者になっているんだと確信した。


 私はずっと彼にお礼がしたかった。

 些細なことでも、借りを作りたくはなかった。

 だから、先日あんな行動に出た。

 きっと、彼は独りで辛い思いをしているだろう。

 そんな勝手な想像から彼を呼び出し、あんなことを言った。


 しかし、私が伝え終わると彼は凄い顔をしていた。

 今にも崩れ落ちそうな絶望的な表情。

 その日は、突然の出来事で帰ってしまったが少し考えればわかることだった。


 彼は何かを隠している。

 けれど、それはきっと誰かのため。


 今日の会話の中で、間違いないと確信した。

 彼はきっと人のことを察する能力が高いんだ。

 だから、何かに気づいて誰かを守るため、あんな行動をしたんだ。

 今日、私はそう結論付けた。


 今日、彼を夕飯に誘ったのは、お礼というよりかはお詫びの側面が強かった。

 彼に真意を聞き出し、謝る機会が欲しかった。

 だから、彼に謝れて、彼がどうして汚れ役をしているのかも知れた。


 それは、今日の収穫だった。

 新学期が始まって四日目。

 普通ならまだまだ色々な不安や悩みがあるのだろうが、今の私は充足感で満たされていた。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る