第9話 少年の姉

 数分、商品を見るふりをしながら、樹を見ていたがどうやらハブにされている訳ではなさそうだった。

 どうやらあまりカードゲームとかに詳しくないようだった。



「うお! めっちゃレアなやつじゃんそれ! ほら、見ろよ」



 なんて、彼の友達が言う。



「へ、へー、そうなんだ!」



 しかし、彼はそんな相槌を返すだけで、話にはついていけない様子だった。

 そして、また一歩友達から遠ざかった。



「久しぶり、樹」



 そんな、姿を見るに見かねた俺は、背後から彼に声を掛けた。

 すると、樹はビクッと跳ね上がり、恐る恐る振り返り、俺を見る。



「あ……文月兄ちゃん!」



 声の主が俺だとわかると、笑顔を見せて身体も俺のほうに向く。



「どうしたんだ? 樹はカードとかやらないのか?」


「うん、ぼくは……」



 ばつの悪そうな表情を浮かべ、返事をする樹。



「……よし!」


「……?」



 俺がそんな気合を入れる声を上げると、樹は不思議そうに俺を見る。



「そうだ、樹! 今、兄ちゃん暇なんだけど、一緒に遊んでくれないか?」



 俺は半年間空いた空白を埋めるかのように、あの日の焼き直しのような言葉を伝える。



「え、でも今ぼく友達と一緒だから……」


「じゃあ、友達と一緒に兄ちゃんにカード教えてくれよ。 見てたらなんだか俺もやりたくなってきてさ」



 少しおどけた調子で樹に言う。



「うん、ルールだけならぼくでも分かるけど……」


 再び表情が曇る。



「……けど?」


「ぼく、カードのデッキ持ってないし、買うお金もないんだ……」



 なるほどな。

 どうやら樹の家はあまり裕福ではないみたいだ。



「なぁ、デッキって一個いくらするんだ?」


「……えっと、たぶん五百円くらい」


「なるほどな。 じゃあ、ちょっと待ってろ」


「え、文月兄ちゃん!?」


「あの、すみません」



 俺は近くで品出しをしていた男性店員に声を掛けに行く。



「はい? どうかされましたか?」


「あの、そこの子供たちがやってるカードのデッキって……」


「ああ、それでしたらこちらに」



 店員に樹の友達がやっているカードが売っている場所へ案内して貰った。



「えっと、新しく始めるならどれを買えば良いですかね?」


「そうですね、こちらが最近発売された入門者向けの商品ですね」



 そう言い、店員は二つの商品を手に取る。



「なるほど、じゃあそれ二つとも買います」


「ありがとうございます。 それではレジに……」



 店員に促され、レジで会計を済ませる。

 そして、商品を持って樹の元へ戻る。



「待たせたか?」


「ううん、でも声かけてきたと思ったら急にどっか行っちゃうからびっくりしたよ」


「そっか、悪い悪い。 じゃあこれで許してくれ」



 俺はそう言いながらさっき買ったカードが入った袋を樹に差し出す。

 そして、それを恐る恐る受け取る。



「なにこれ……ってだめだよ、貰えないよ!」



 樹は袋の中を見ると俺に袋を突き返してきた。

 何となく予想していたが、やはりこうなってしまったか。

 文化祭の時、俺が男女逆転喫茶で奢ろうとしたときも同じように拒否された。

 樹は誰かから何かを貰ったり、してもらうことに抵抗感があるようだ。



「……誰があげる、なんて言ってないぞ?」


「……え」



 俺がそう言うと、樹は目を丸くして俺を見てきた。

 じゃあ、なんで渡してきたの?

 そんな、当たり前の疑問を抱えたような顔をしていた。



「これは、報酬の前払いだ」



 俺は袋から一つ商品を取り出し、樹に手渡す。



「これで、俺と遊んでくれ。 俺と遊んでくれるならこれは樹のものだ」


「……」



 デッキを渡されると樹は俯いてしまった。



「兄ちゃんと、一緒に遊んでくれないか?」



 俺はもう一度問いかける。



「……文月兄ちゃんはそういうところがずるい」


「大人ってのはずるいものなんだよ」



 少し怒りを含んだような、けど嬉しそうな顔で俺を見る樹。

 そんな樹に俺はニヤつき顔で返す。


 俺は樹がカードゲームをやりたがっていたのを何となく察していた。

 俺にも似たような経験があるから。

 俺も小学生の時はクラスの友達と趣味が合わず、疎外感を感じていた。

 けど、なんとかして一緒に遊びたいと思い、友達の趣味について必死に勉強したものだ。



「じゃあ、早くやろうぜ?」


「……うん!」



 貧乏と金持ち。

 対極にあるものだが、もしかしたら抱える悩みの中には似ているものがあるのかもしれない。

 樹に手を引かれながら、俺はそんなことを思ったんだ。




「なぁ、樹」


「なに、文月兄ちゃん」


「あと数分で五時になるけど門限は大丈夫なのか? 他のみんなも大丈夫?」


『あ……』



 ただいまの時刻は午後四時五十七分。

 小学生ならそろそろ門限だろうと思い、樹たちに聞いたら案の定門限は五時のようだった。


「やべ、早く片付けろ!」


「うわ~、母ちゃんに怒られる」


「口より手を動かせ、ばか」


「ばかって言った方がばかなんです~」


「はいはい」


 樹の友達は急いで自分の荷物を片付け、別れを告げ帰宅する。



「……やっちゃった」



 友達が返っていく中、樹はカードを片付けながら項垂れていた。



「ほら、樹も早く片付けようぜ。 家まで俺が送っていくから」


「え?」


「ほら、俺と遊んで門限過ぎちゃったんだから、樹の親御さんに俺から謝るのが筋だろ」


「え、でもそんなの悪いよ……」


「いいから、早く片付けちゃえ。 俺はもう片付け終わったから」


「あ、うん」



 樹に早く片付けるよう促し、一緒にカードショップから樹の家へと向かう。



「樹の家までここからどのくらいかかるんだ?」



 俺は隣に並んで一緒に歩いている樹に聞く。



「えっと、この道を左に行って十分くらい」


「おお、何とも言えない距離だな」


「でも、学校は近くていいよ!」


「ほー。 じゃあ樹は結構寝坊助さんなのか?」


「違うよ! 早起きしなきゃ姉ちゃんが怒るから六時には起きてる」


「そっか、そっか。 ……姉ちゃん怖い?」


「うーん、いつもは優しいかな? けど、怒るとすごく怖い」


「なるほど、そういうタイプか」



 俺と樹は他愛もない雑談をしながら暫く歩く。



「あ、あれがぼくの住んでるとこ」



 樹が立ち止まり、少し先を指さす。

 少し錆びれてはいるが、まだまだ丈夫そうなアパートがそこには建っていた。

 そして、一緒にアパートに向かって歩いていると、誰かが二階から一階におりてきて道路へと出てきた。



「あ、姉ちゃん」



 樹が隣でそんな言葉を漏らし立ち止まる。



「樹!」



 一方、樹のお姉さんは俺たちの方に駆け寄ってくる。

 しかし、その途中で足を止め固まる。

 そして、俺も彼女の顔を見て、固まってしまう。



「まさかとは思うんだが……」


「うん、ぼくの姉ちゃんだけど……」


「もしかして、樹の苗字って……」


「うん、――だよ」



 俺の小さな呟きに返答しながら、姉を交互に見て不思議そうな顔をする樹。

 そして、俺の前で動揺している樹のお姉さん。

 俺は動揺して思わず、大きな声を出してしまった。



「汐見!?」


「なんで古橋君が!?」



 どうやら俺はまだ今日という日を終われないらしい。

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