第8話 土曜日に再開

 スマホのアラーム音と朝日の光で目を覚ます。

 スマホを手に取り、アラーム音を消す。


 そして、時刻を確認すると画面に九時十分と表示されていた。

 俺はベットから体を起こし、着替え始める。

 今日は四月九日。


 土曜日だ。

 

 怒涛の新学期最初の三日間が終わり、週末がやってきた。

 二年生になってから三日。

 それにしては色々あったと思い出す。

 美化委員に汐見、球技大会の種目。

 新学期になり、環境が変わり、一気に俺の心労が増えた気がする。


(さて、これからどうしたものか……)


 俺はそんなことを考えながら少し遅めの朝食を取り始める。

 朝食は昨日、帰りに買ってきた菓子パンひとつ。


 数分で菓子パンを食べ終えると、沸かしておいたコーヒーをマグカップに注ぐ。

 そしてそれを飲みながらスマホをチェックする。

 まず、ニュースを確認。次にメール、LEENとチェックする。

 それを終えると、マグカップを持ち、自分の部屋へと戻る。


 部屋に戻ると、マグカップを机に置き、ベットに腰掛ける。

 そして、スマホで電子書籍アプリを開く。

 そこから、一冊の小説を選び読み始める。


 半分くらい読み終えたところで、突然物語が終わり、時系列が最初のほうに移動した。

 違和感を感じながらもそのまま十ページほど読み進めたとき、俺は今読んでいる部分はIFストーリーであることに気づいた。

 そして、色々思うとこはあるがグッと飲み込み、そのまま読み続け、あとがきに辿り着いた。

 あとがきに軽く目を通し、アプリを終了させる。


(……IFストーリー前までは良かったんだけどなぁ)

 俺はそんなことを思いながら、スマホで時間を確認した。

 時刻は既に十三時を過ぎていた。


 すると、お腹が鳴った。

 キッチンに行き、冷蔵庫を見るが碌なものがない。

 俺は財布とスマホだけ持ち、家を出た。


(……たまにはコンビニ弁当じゃなくて、外食するか)

 そんなことを思い、俺は近くのショッピングモールに来ていた。

 俺はフードコートへ向かい、鉄板ナポリタンを注文した。

 そして、適当な席に腰を下ろし、食べ始めた。



「……意外とうまいな」



 一口食べ飲み込むと、俺の口からそんな言葉が零れた。

 今までもっと高級なものを食べてきたが、俺は純粋にそう思ってしまった。

 俺の味覚が庶民派なのか、空腹時だからそう思えるのか。

 その真偽はともかく、俺はあっという間にナポリタンを平らげた。


 昼食を終えた俺はショッピングモール内を歩いていた。

 折角、来たというのに昼食だけで帰るのは。

 そう思い、俺は服や靴、雑貨などを見ながらぶらぶらしていた。



「……あれは」



 ショッピングモール内にあるカードショップに見覚えのある少年がいた。

 彼は友達と思われる子供たちの輪から少し離れて所に立っていた。

 俺は彼が気になって、カードショップに足を踏み入れる。

 彼と俺が出会ったのは昨年度の名南高校の文化祭だ。


☆    ☆    ☆


 博之以外友達と呼べるほど仲の良い人がいない俺は、博之と休憩時間が合わず一人で文化祭を回ることになった。

 とは言っても、正直何があるのかも分からない俺は途方に暮れていた。

 目的もなく、学校内をふらふらと歩いていると、ある少年が視界に入った。

 文化祭のパンフレットを両手に持ち、時折立ち止まり、視線をパンフレットに落とし、顔を上げ歩き始める。

 そして、また立ち止まってパンフレットを見る。

 若干、人の邪魔になっているその少年。



「ねぇ、君!」



 彼が迷っていることに俺は気が付き、声を掛けた。



「……なんですか」



 少年は鋭い目つきで俺を見る。



「廊下の真ん中で立ち止まると危ないよ」


「あ……」



 俺が頑張って優しい声色を作りそう教えると、彼は短い声を漏らした。

 どうやら今気づいたようだった。



「なんか迷ってるみたいだけど、俺が案内しようか?」



 そのときの俺は彼を放っておけなかった。



「じゃあ、そのえっと、おねがいします」



 彼は少し恥ずかしそうに俺に伝える。



「よし、じゃあ行くか!」



 俺が手を差し出すと、彼はその手を握る。



「で、どこに行きたいんだ?」

 

「一年三組の、”男女逆転喫茶”に行きたいんです」



 彼のご所望は俺のクラスの出し物だった。



「いらっしゃいませ! って古橋かよー」


「俺で悪かったな、神崎」



 俺たちを案内してくれるのは神崎だった。



「何でまた自分のクラスに……ってその子は?」


「いや、なんかここに来たくて迷子になってたから連れてきた」


「なるほどね」



 俺が説明すると、神崎は少年をじっと見る。

 すると、少年は慌てて頭を下げる。



「すまんが、案内頼む」


「はーい、ではこちらの席にお座りください」



 そう言われ、案内されるがまま窓際の席に着く俺たち。

 そして、神崎はメニューを渡すと、空いた席の片付けをしに向かった。



「何が食べたい?」


「……あの、ここってこんなに高いの?」



 俺が少年にメニューを見せながら問うと、そんな返答が返ってきた。

 紙コップ一杯の飲み物で百円、お菓子セットで三百円、パンケーキで四百円。

 確かにこの年の少年には厳しい出費だ。



「安心して頼んで大丈夫。 ここは俺が払うから」


「……そんなの、悪いよ」



 俺は少年にそう伝えると、少年は遠慮がちな声で俺に伝える。



「気にすんな」


「でも……」



 完全に委縮してしまった少年。

 俺は手を挙げ、丁度手が空いたであろう博之を呼ぶ。

 博之は長身なので、女装姿がびっくりするほど似合っていない。

 まぁ女装姿が似合わない男子が大半だが。


 少年はそんな博之の姿を見て若干顔が引きつっていたが、俺は気にせずに飲み物二つとお菓子セットを頼む。

 飲み物はオレンジジュースと、烏龍茶にした。

 博之が注文を伝えに、この場を後にすると俺は少年に笑いかけた。



「じゃあ、飲み物代だけ後で貰って、お菓子は一緒に食べよう。 それならいいだろ?」


「……うん、それなら」



 相変わらず、申し訳なさそうにしていたが、納得してくれたようだった。



「それで、君はなんでここに来たかったの?」



 お菓子を摘まみながら少年に尋ねた。



「えっと、学校での姉ちゃんを見たくて……」


「なるほど」



 少年は教室内の他の席に視線を移動させる。

 それにつられ、俺もホールのスタッフを見る。

 ホールスタッフとして働いているのは八人ほど。



「いるか? 姉ちゃん」



 少年が誰の弟か気になり、彼に尋ねる。



「……いないみたい」


「……そっか」



 少年は残念そうに答え、俺は相槌しか打てなかった。

 そして、飲み物を手に取り、飲み干す。



「じゃあ、俺とこの後回らないか?」



 空になった紙コップを机に置くと、少年にそう言う。



「え……」


「実は俺、一緒に回ってくれる人いなくてさ」



 戸惑う少年に俺は事情を説明する。



「……ぼくでいいの? ぼく、お金もないし、行きたいとこもないし」



 やけに自信なさげにそんなことを言う少年。



「君だから、だよ。 俺は君と一緒に遊びたいんだ」



 俺がそう伝えると、彼は俯いてしまった。

 俺が何かやらかしてしまったのかと、焦っていると彼は小さく首を縦に振った。



「ふぅ、良かった。 じゃあさっさとこれ食べて他のクラスも見に行こうぜ!」


「……うん!」



 そして、俺たちは手を繋ぎながら男女逆転喫茶から出た。




「今日はありがとう、お兄ちゃん。 お兄ちゃんのおかげで楽しかった」


「それはこっちのセリフ。 ありがと、少年」



 校門前まで少年を送り届けると、そんな嬉しいことを言ってくれた。

 俺も偽りない本心でお礼を返す。


 俺たちはあの後、二時間ほど一緒に遊んだ。

 他のクラスの出し物を見に行ったり、PTAの親御さんたちが販売する食べ物をシェアしたりして、文化祭を満喫した。



「じゃあ、もうすぐ一般公開が終わりの時間だから、な」


 俺は少年にそう言い、手を放す。

 すると、少年は小さく言葉を漏らす。



「……あのね」


「ん?」


「お兄ちゃんの名前を教えてほしいんだけど……」



 少年が遠慮がちに俺に聞いてきた。



「ああ、そっか。 俺名乗ってなかったか」


「うん……」



 俺は笑みを浮かべながら少年に伝える。



「俺は文月ふづきって言うんだ」


「ふづき……。 変わった名前だね」


「お、言うなぁ~。 じゃあ今度は少年の名前を教えてくれ」



 今度は俺が少年に尋ねる。



「ぼくは、いつき


「お、良い名前だ」



 お互い、今更自己紹介を済ませ、どちらかからともなく笑い合う。



「じゃあ気をつけて帰るんだぞ、樹」


「うん、今日はありがとね文月兄ちゃん!」



 こうして樹は家へ、俺は教室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る