第7話 種目決め、一歩ずつ


  あの件のことを思い出しても、神崎に関しては何も掴めなかった。

 そして、改めて俺はなんて向こう見ずなことをしたんだろうか、という自己嫌悪に陥った。


 もっと良い方法があっただろうに。

 今ならもっと上手くできそうだと思いながら歩いていると、教室に戻ってきた。

 そして流れるように席に着き、机に突っ伏した。


 流石に半年も同じ動作をしていたら流石に慣れてくる。

 そして、そのまま昼休みの残りの時間を乗り切った。


 五限の数学の授業が終わり、十分程度の休み時間。

 俺は数学の教材やノートを片付けぬまま、その上に突っ伏す。

 ああ、憂鬱だ。

 俺は次の時間の球技大会の種目決めが、そもそも球技大会自体が憂鬱で仕方なかった。

 

 球技大会の種目は全部で六種目。

 バスケ、バレー、バドミントン、サッカー、テニス、野球。

 バドミントンとテニスが二チーム。

 その他の種目は一チームだ。

 

 そして、俺は恐らくサッカーに入れられるだろう。

 理由は明確。

 これらの種目の中でサッカーが一番必要人数が多いからだ。

 そして、球技大会のサッカーくらいなら、一人くらい使えなかったり、意思の疎通が出来なくても問題ないからだ。

 

 俺が憂鬱な理由は、種目がサッカーに決まることではない。

 問題は俺が参加したチームで不満が出てしまうことだ。

 きっと、種目決めの時は俺に嫌がるような視線を向ける程度で済むだろう。


 しかし、その不満の種は徐々に肥大化していき、やがて爆発する。

 それで折角の友好を深める機会なのに、台無しにしそうで。

 そんな、たらればの想像ばかり働き、俺の気分は沈んでいた。


 そして、六限の開始を伝えるチャイムが学校中に響き渡った。



「それでは、昨日中島先生から説明があったように、この時間では球技大会の種目決めをしていきたいと思います」



 教壇に立つ神崎のそんな掛け声でホームルームは始まった。

 神崎はすらすらと黒板に種目名と定員を書いていく。

 そして、その間クラスメイト達は周囲の生徒とひそひそと相談をしていた。


 六種目すべてを書き終えた神崎が黒板に背を向け、俺たちのほうを向く。



「じゃあ希望の種目の下に名前を書いていってください。 既定の人数になっているからって名前を書いてはいけないという訳ではないので、焦らずに決めてもらって大丈夫です」



 神崎がそう言い終わると、クラスの半分近くの生徒が腰を上げ、黒板前に向かった。



「えー、楓は何にするか決めた?」


「うちら、バレーボールにしよっかな~、って」



 隣に座る汐見の元へ仲町と飯沢がやってきた。



「バレーか……うん、じゃあ私もバレーにしよっかな?」



 汐見は少し悩む素振りを見せた後、仲町たちと同じ種目に決める。



「じゃあ、早く書きにいこ!」


「そんな焦らなくても~」


「そうだよー」



 黒板へと向かう仲町の後を飯沢が追う。

 汐見も席から立ち、黒板の方へ行き、三人で顔を見合わせ、笑い合う。

 そして俺は頬杖を突きながら、そんな仲良し三人組を見つめていた。



「……あの」



 クラスの大半の生徒が黒板前に集まっている中、俺の右側からそんな小さな声が聞こえてきた。



「あの、俺加藤って言うんだけど」


「……知ってる」



 何故か加藤君が俺に話しかけてきた。

 そして、俺はそんな加藤君に冷たい対応を取る。



「さっきはありがとう」



 彼は唐突にそんなことを言ってきた。



「なんのことだ」


「さっき、助けようとしてくれたでしょ?」



 驚いた。

 俺の声は大衆のざわめきと神崎の発言によりかき消されたものだと思っていた。

 しかし、加藤君は俺の小さなたった二文字に気づいたようだ。

 昨日今日の言動を見る限り、空気を読めないヤツだと思っていたが、変に鋭いところがあるようだ。



「別に。 加藤を助けるためじゃなく、俺が気に入らなかっただけだから」

 俺はあくまで平静を装い、嫌われ者っぽく演じる。


「それでも、俺は嬉しかったから」


「……」



 俺はそんな好意百パーセントの言葉に対する返答を持ち合わせておらず、机を見つめてしまう。

 きっと、俺は人から遠ざかり過ぎたんだろう。

 そんなことを実感させられた。


 黙っていれば自分の席や友達の所へ戻っていくと思っていたが、加藤君は俺の横から動かない。

 約三十秒、俺と彼の間には沈黙だけが流れていた。



「……まだ何か」



 しびれを切らした俺は鋭い声色でそう彼に言う。



「いやその、古橋さえ良かったらなんだけど……」



 加藤君は言いにくそうに、言葉を詰まらせながらもゆっくりと紡ぐ。



「古橋も良かったら、一緒にサッカーに出場しないか?」



 加藤君は弱々しい声で俺に言う。

 俺はその言葉に面食らい、固まってしまった。


 先ほどの発言に何も返せなかったのに、今度は好意百二十パーセントの言葉が飛んできた。

 やはり、空気が読めないヤツだった。

 しかし、また何も返せないのは、何だか加藤君に負けたようで嫌だった。



「あ、ごめん、急に。 でも、古橋さえよかったら――」


「……わかった、考えておく」



 俺は短く、机を見つめたままそう伝える。

 俺がそう言うと、加藤君は嬉しそうな声色で俺に再びお礼を言ってから友達の元へ戻っていった。


 黒板の前から人が掃け、クラスメイト達の選んだ種目が俺にも見えた。

 現在、バスケに二人、サッカーに三人の余りがあった。


 そして、他の種目はぴったり規定人数となっていた。

 ちなみに汐見さん含む仲良し三人組の名前は、先ほどの会話の通りバレーの下に書いてある。


 黒板の前にいた二人がサッカーに名前を書き、チョークを置いたと同時に、俺は重い腰を上げ、黒板へ向かった。

 そして、チョークを取る。


 バスケかサッカー。


 正直、俺は迷っていた。

 俺はサッカーよりバスケのほうが得意だし、今現在バスケのほうが空き人数が多い。

 メンバーを見る限り、俺が聞いたことのある名前は無く、捨てチームっぽい。

 それなら俺がどちらを選んでも誰も文句は言わないだろう。。


 だけど、それでも――


 俺は黒板に「古橋」と書く。

 そして、黒板に背を向け、自分の席に着く。

 席に座ると、俺は今日何度目になるかわからないが、再び机に突っ伏してしまう。



「じゃあこれで決まったかな~?」



 残りの二人が名前を書くと、神崎は席を立ち、そう言いながら教壇に上る。



「じゃあこれから各自チームごとに分かれて決めることあったら決めちゃってください」



 神崎の言葉で一気に教室内が騒がしくなる。

 クラスメイト達が席を立ち、チームごとで集まる中、俺だけは机に突っ伏していた。

 俺はこの種目決めだけで相当精神をすり減らしてしまった。

 だから、もう今日はこれ以上は頑張れません。



 結局、俺はどっちの種目を選んだか。

 それは。

 俺が自分の席に戻るとき、加藤君が嬉しそうな表情を浮かべているのが見えた。


 つまりはそういうことだ。

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