第6話 嫌われ者の誕生

 教室に夕陽が差し込み、一日の終わりを感じさせる。

 窓の外を見ると、既に帰宅し始めている生徒がちらほらと見える。

 そんな中、俺の所属する一年三組は文化祭の片付けも中途半端なまま、みんな席についていた。



「すみません、突然席についてもらって……」



 学級委員の神崎奏かんざきかなでは申し訳なさそうに俺たちにそう言った。

 クラスメイト達は、黙って神崎の次の言葉を待つ。



「皆さんに残念な報告をしなければなりません」



 神崎がそう言うと、クラスメイト達はざわつきだした。

 文化祭が無事終わったと思い、達成感と充実感で満たされているこの状況で何を言われるのか気になり、周りの生徒に心当たりがないか確認していた。

 俺も別に文化祭を楽しみにしていたわけではなかったが、幸い一緒に回ってくれる人がいたので十分に楽しめた。


 そして、少し静かになったところで神崎は切り出した。



「私たちのクラスの売上金が見当たりません」



 神崎のその言葉でまだ少し残っていた話し声が完全に消えた。

 そして、教室内に沈黙が流れる。


 すると、ある生徒が椅子を引き、立ち上がった。

 数秒の沈黙を破ったその生徒は大澤博之おおさわひろゆきだった。



「誰かが既に学校に提出してたりしないのか?」



 この名南高校では文化祭の売り上げは学校の設備投資のために使われるので、自分たちのお金にすることはできず、きちっとした決算報告書と一緒に売上金を提出しなければならない。



「……さっき先生に聞いてきたけど、誰も提出してないって」



 売上金を管理することになっていた仲町優子なかまちゆうこが博之の質問に答える。

 その声は覇気のないものだった。



「だから、一度皆に自分のロッカーや鞄とかに入ってないか見てもらえる? もし出てきても素直に教えてほしい。 そのあとにお金を持ってることが発覚したら故意か疑わなきゃいけなくなっちゃうから」



 神崎のその声で一年三組の生徒は全員、自分の机や鞄、ロッカーの中をチェックし始める。



「え、嘘? 何で千弦が……?」



 各自チェックし始めて三分ほど経った時、そんな声が聞こえてきた。

 その声は仲町のものだった。

 そして、仲町の視線の先には茶色の封筒を持った飯沢千弦いいざわちづるの姿があった。



「なんで? なんで私のロッカーに入ってるの?」



 飯沢は事態を飲み込めていないようだった。

 そして、一気にクラス内のざわつきが大きくなった。


 飯沢がやったに違いない。

 あいつが犯人だ。

 そんな子じゃないと思ってたのに。


 そんな声が一斉に耳に届いた。



「ちょっと落ち着いて!」



 神崎はそう言い、一旦みんなに席に着くよう促した。


 みんなが席に着いたところで神崎は教壇に立ち、クラスを見渡す。



「えっと、売上金は見つかりました。 ですが、何故飯沢さんのロッカーにあったのかわかりません。 何か知っている方はいませんか?」



 神崎はクラスに目撃証言は無いか呼びかける。

 しかし、誰も心あたりがないのか沈黙だけが流れた。



「てか、飯沢のロッカーから見つかったんだから、飯沢が犯人なんじゃねーの?」



 気だるげな声が教室内に響く。

 その発言はリア充グループの一人から発せられた。

 そして、その声から波紋が広がるかのようにざわつきが大きくなる。



「ちょっと待ってよ! なんで千弦が疑われてんの!? こんなん他の誰かのせいに決まってるじゃん!」



 仲町が声を荒げて、飯沢を庇う。



「でも現に飯沢のとこから見つかってるわけだし……」


「元はと言えば仲町さんがしっかり管理できてないのが悪いよね?」



 すると仲町にも飛び火し始めた。



「でも、うちはちゃんと金庫にお金入れてて……」


「てか、二人仲良いし共犯なんじゃね?」


「あ、それあるかもー」



 周りの発言に仲町と飯沢は必死に否定するが、その声はかき消されてしまう。

 そして、彼女らに責任を追及する声が大きくなっていく。

 すると、突然黒板を強く叩く音が教室内に響く。



「お願いだから、ちょっと落ち着いて!」



 神崎の声が普段出さないような、大きな声でみんなに向かって言った。

 そして、神崎は俯きからがぽつぽつと言葉を零す。



「ごめん、犯人探しがしたい訳じゃ無かったの。 ただ、純粋に何か知っている人がいないか気になっただけだから、もうやめて……」



 リア充グループのメンバーは露骨に不機嫌そうな態度を表す。

 仲町と飯沢は俯いてしまう。

 他のクラスメイト達はこそこそと遠慮気味に周りの人と話す。


 俺、古橋文月ふるはしふづきはあまりに移り行く展開に動揺していた。

 彼女たちが売上金を盗むなんて考えられない。

 いつも、汐見と一緒に居るのを見ていたが、とてもそんな人たちには思えなかった。


 しかし、状況的には彼女たちが盗んだとしか考えられない。

 そして、他に誰か別に犯人の候補がいるわけではない。

 俺はこの状況に酷く混乱していた。



「とりあえずお金も戻ってきたし――」



 神崎が再び話し始める。

 恐らくきっと、神崎はこの場を上手に収めるだろう。

 周りの生徒達は神崎の言葉に納得するだろう。


 だけど、それは今だけだ。

 今後はどうなっていくんだ。

 中途半端にこの問題が処理されても、彼女たちが犯人候補であることは変わらない。


 今後、何かしらの事件が起こった時。

 そのとき、まず疑われるのは彼女たちだ。

 そもそも、明日からクラスメイトから白い目で見られるようになるかもしれない。


 彼女たちは一緒に居られなくなるかもしれない。

 これはお金が戻ってきたから、で済ませて良い問題ではないはずだ。

 だけど、俺には神崎ほどの発言力もない。

 俺が何か言っても、まとまりかけているこの状況に水を差すだけだ。



 「だから、犯人捜しは――」



(……いや、待てよ)


 たった一つ、俺にもできる、彼女たちを救う手段がある。

 だけど、これを実行したら最後。

 俺はまともな学園生活が送れなくなる。

 虐められることになるかもしれない。


 それに、彼女たちは俺からしたら、ただのクラスメイト。

 別にそこまでして助ける道理なんてない。

 だけど、これを実行しなければきっと彼女たちは。


 そう思いながら、俺は仲町と飯沢に視線を向ける。

 彼女たちは俯いていた。

 その姿はひどく痛ましいものだった。


 すると、俺の視界にある一人の生徒が飛び込んできた。

 その生徒は首を左右に振りながら、おろおろしていた。

 斜め右前の席に座る彼女、汐見楓しおみかえでの顔は今にでも泣き出しそうだった。


 友達二人が売上金を盗んだ犯人候補のまま処理されてしまいそうなんだから、そうなってしまうのは当然だ。


 誰でもいいから。


 そんな藁にでも縋りたい思いだろう。

 そして、俺はそんな彼女と目が合ってしまった。

 俺も彼女も目を合わせたまま固まってしまう。

 彼女は俺に懇願の視線を向ける。

 

 そして、俺は彼女の目を見て、思ったんだ。

 

 ――嗚呼、君に嫌われたっていい。

   今、君を救えるなら、って。


 俺の恋にハッピーエンドなんてのはやってこない。

 だって、俺は古橋家の子供。

 恋愛に自由なんて与えられないだろう。

 汐見と結ばれる可能性は無い。

 だからこそ、今だけは君のために。


 そして、俺は唾を飲み込んだ。



「じゃあみんなごめんね、これで解散して――」



「あーあ、退屈な見世物だったな」



 俺は気だるげな声色を作り、大きめに悪態を吐く。

 当然、クラスメイト達は俺に視線を注ぐ。

 そして、誰も言葉を発せない中、神崎だけが俺に質問してくる。



「……え? 古橋君、今なんて言ったの?」


「もう一度言って欲しいのか? 退屈な見世物だって言ったんだよ」



 俺は神崎の戸惑いを抱えた質問に、臆すことなく、馬鹿にするように答える。



「おい、文月。見世物って何のことだよ?」

 


 今度は博之が怒りを露わにしながら俺に尋ねてきた。



「せっかく友人同士の貶し合いが見れると思ったんだがな?」


「な……」


「互いに攻め合う人間の汚い部分を存分に楽しめると思ってたんだが、まさかこの状況を収められるとは思ってなかったよ、神崎」



 嘲笑を含みながら俺が言うと、博之は言葉を失っていた。

 神崎も俯いたまま何も言い返してこない。


 周りからの視線が一気に鋭くなったので、俺は椅子から立ち上がりながら言う。



「そうだ、俺が売上金を奪った犯人だ」



 堂々と、そう言い切った。


 すると、先ほど飯沢を疑っていたヤツが勢いよく立ち上がった。



「じゃあ、なんだ。 お前が全部こうなるように仕向けたってことか、なぁ?」



 怒りを全面的に表した態度で、俺に問う。

 だから、俺はその怒りを加速させるように言葉を選ぶ。



「そうだよ、間抜け」


「なっ……お前、調子乗ってんなよ」



 彼は俺に近づいてきて、胸倉を掴み、拳を振りかぶる。



「殴ったらお前も停学確定だぞ」


「くっ……」



 俺が軽く脅すと、彼の動きが止まった。

 そして、拳を下ろし、俺の胸倉から手を放し、席へと戻っていく。


 ――すまないが、お前にも汚れ役になってもらう。



「間抜けな上に腰抜けとか……ほんとお前――」



 俺の煽りは途中で遮られた。

 周りから悲鳴が上がり、俺の顔に強い衝撃が走った。

 そして、俺は地面に尻もちを着く。


 俺は痛みを我慢しながら、彼に嘲笑を向ける。

 彼がもう一度殴ってこようとしたが、流石にクラスの男子たちが彼を取り押さえた。

 

 その後、先生が駆けつけてきて、その日は他の生徒たちは帰宅することになった。

 そして、俺と彼はそれぞれ別室へと連れていかれた。

 その翌日は自宅謹慎とされ、その日の夕方に担任の先生から連絡がきた。


 俺を殴った彼は厳重注意。

 クラスメイトの証言で、俺の方に非があるとして停学にはならなかったらしい。


 そして俺は二週間の停学処分となった。



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