第5話 神崎奏というカリスマ
学校に登校すると、何やら周りが浮足立っていた。
春休みが終わり、新学期三日目の金曜日。
もしかすると週末の休みが恋しいのだろうか。
三日しか学校に来てないのに、ずいぶん春休みボケした生徒が多いようだな。
俺はそのことを不思議に思いながらも、教室へ向かった。
そして、教室に入り、少し周りを見渡しながら自分の席へと向かう。
どうやら、まだ汐見は登校してきていないようだ。
俺はそのことに安心すると、席に着き、机に突っ伏した。
「おはよー」
そして、間もなくして汐見の挨拶する声が聞こえてきた。
「おはよ、楓!」
「おは~」
そして、汐見の挨拶に仲町と飯沢が返す。
「あ、楓は種目決めてきた?」
「種目?」
「いや、球技大会の種目だよ! 今日の六限で決めるって先生が言ってたでしょ?」
球技大会。
名南高校では毎年ゴールデンウィークの直前に球技大会が行われる。
球技大会の主な目的は今年初めて同じクラスになった生徒とも仲良くなれるようにと、先代の校長先生が立案したものだ。
二年生、三年生にとってはただのゴールデンウィーク前の息抜きだが、一年生にとっては違う。
この球技大会でクラスの内での立ち位置が決まると言っても過言ではない。
当然、球技大会で活躍した者は注目される。
また、まとめ役として頑張った人が評価される。
そして、これをきっかけにして、学友を如何に作るか。
それにより、今後の学園生活は大きく変わってくるだろう。
なるほど、と俺は周囲の浮ついた雰囲気に納得する。
かく言う俺も球技大会には思い入れがある。
博之と仲良くなったのはこの球技大会なんだから。
そう確か、あれは……。
俺が過去に思いを馳せている傍らで会話が進んでいく。
「あー……聞いてなかったかも」
「おや、珍し。 楓さんとあろうものが」
「そうだねー。 楓、なんか考えことでもしてたの?」
「いや、ちょっと色々、ね」
「お、楓さん男のことですか?」
飯沢の発言で俺は一気に現実に引き戻された。
汐見に、男?
「まぁある意味ではそうかも?」
な……。
早速俺の万が一の作戦が頓挫しかけている。
そして、何より予想以上に俺はショックを受けていた。
きっと、他の汐見に想いを寄せている奴らはもっと打ちひしがれているだろうが。
「おっとー? ついに楓にも春が?」
仲町の発言に答える汐見の言葉を待つ。
「いや、弟だけど」
ギャグ漫画ならみんなが椅子からずり落ちていただろう回答だった。
「ですよね~」
「うん、知ってた」
仲町と飯沢は乾いた反応を示す。
「もう、なに?」
汐見は少し、拗ねたような口調で言う。
「いやね、今年の楓の人気度を知っておきたかったの!」
「……今年は七人か」
仲町は汐見に事の説明をし、その横で呟く飯沢。
「いやいや、私人気なんて無いけど……」
汐見が弁明をすると、仲町は、そんなわけないじゃんと漏らした。
「じゃあ楓さんは一年の時、何人に告られたの~?」
「え……っと、五……六人だったかなぁ」
「残念! 正解は八人でした!」
「告られた人数覚えてないとか、モテモテ~」
「もう、やめてよね」
朝礼まで汐見は仲町と飯沢にいじられ続けていた。
その反応は実に可愛らしいものだった。
その日の昼休み。
今日は珍しく学校に来る途中でパンを買ってきていたので、俺は授業が終わるとそのまま特別棟に向かおうとしていた。
しかし、そこである生徒の声が耳に入った。
「神崎さん! 俺と一緒に男女混合ダブルスに出て下さい!」
声の主は昨日、汐見に連絡先を聞いて、見事惨敗した加藤君だった。
男女混合ダブルス。
球技大会の種目で唯一の男女混合種目だ。
どうして、こんなものがあるのか知らないが、毎年リア充どもがこの種目に出場している。
この種目に出場した二人は三割程度の確率でカップルになっている、という微妙に現実味のあるジンクスがある。
そのため、よくこうして気になる異性を誘う現場が見受けられる。
「えっと、ごめんなさい」
神崎は多少面食らった様子があったが、すぐにお断りを入れる。
「何故ですか、神崎さん!? 僕じゃだめですか!?」
粘る加藤君。
そして、周りの女子からは冷めた目で見られ始め、ひそひそと声が聞こえ始める。
「昨日、汐見さんに連絡先聞いて駄目だったからって今度は奏?」
「見境なくて引くわ」
「キモ」
「顔も別に普通なのに、身の程知らずじゃない?」
「何あいつ調子乗ってんの?」
「勘違い野郎」
加藤君を傷つける言葉が聞こえてくる。
そして、その声は次第に大きくなっていく。
その声に気づき、流石に加藤君もやり過ぎたと思ったのかどんどん顔色が悪くなっていく。
これは加藤君の自業自得だ。
だけど、周りがそこまで言って良い道理なんてない。
俺は頭に血が上り、口を開いた。
「おい――」
「はーい、みんなストップ!」
その声と手を叩く音で、一瞬にして静かになった。
そして、声の主である神崎奏に視線が注がれる。
「加藤君が私をダブルスに誘ったからってそこまで言う必要は無いでしょ? そこまで言える権利は皆にはないはずだよ?」
神崎のその言葉で多くの生徒が視線を逸らす。
神崎は続けて発言する。
「それに、私は加藤君を評価するよ。 だって、こうして女の子を誘うのは凄く勇気がいることでしょ? だからここまでにして、お昼にしよ?」
神崎がそういうと、クラスメイトはそれぞれ昼食の準備を始めた。
そして神崎は加藤君に「誘ってくれてありがとね」と笑顔で言うと友達と一緒に昼食の準備を始めた。
加藤君は友達のもとへ戻ると、称賛されていた。
「すげぇな、加藤お前」
「やっぱお前は普通のやつとは違う」
「断られたのは残念だったけど、それなら俺たちで全員でサッカーとかにしようぜ」
「おお、良いなそれ」
「チーム名は加藤軍団とかにしようぜ」
「……けどキャプテンは加藤じゃない、みたいな?」
加藤君軍団からそんな話し声や笑い声が聞こえる。
その様子を見てから、俺は特別棟へ向かった。
特別棟の教室で昼食を食べながら俺は先ほどのことを考える。
持ち前のカリスマ力を活かして加藤君を救って見せた。
そして、誰一人不平不満を発せない状況へと導いた。
今後、加藤君への悪口を言うヤツが現れたら、今度はそいつが白い目で見られるだろう。
お前は何も行動してないのに何を言ってるんだ、と。
流石としか言いようが無い。
だが、俺は一年の時から言葉にできない違和感を彼女から感じていた。
俺が嫌われ者となった、あの件。
俺はあの日から大きな疑問をずっと抱えている。
――あのとき何故、神崎は俺を止めなかったのか。
あの件とさっきの件では比較にならないが、俺が喋っているとき彼女は俺を止めなかった。
俺の言葉を途中で止めていれば、最悪の状況を回避できたはずなのに。
逆恨みと捉えられてもおかしくはないが、俺は彼女への不信感を募らせている。
予想外の出来事でも先ほどは上手に対応して見せた。
だが、あの件の時は何もできていなかった。
あの件、もしかしたら神崎が関わっているとしたら。
そう考えれば、彼女が俺を止めなかった、いや止められなかったことにも納得がいく。
しかし、もし彼女が関わっていた場合の動機が不明だ。
どうして、そんなことをしたのか。
もしかしたら、あの日に何か隠されているのかもしれない。
そう思い、俺はあの事件をことを思い出しながら教室に戻る――
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