第1話 嫌われ者の盗人



「はい!これで委員会と係は決定!」


 そんな声が聞こえてきて、俺は重い瞼をゆっくりと開く。

 どうやらホームルーム中に眠ってしまっていたようだ。

(……よく寝たな)

 突っ伏していた顔を上げながら、ぼんやりとした頭でいつから寝ていたのか記憶を辿る。


 高校一年生から二年生へと進級した新学期初日。

 校長先生や学年主任の先生から中身のない大変有難いお話を体育館で聞き、そのあと自分たちの教室で自己紹介が行われたとこまでは覚えている。

 自分の自己紹介が終わってから暫くは起きていた記憶があるが、そこから先の記憶が曖昧だ。


 どうやら他の人の自己紹介に興味が無かったのと、四月初旬の少し肌寒いがそれ故に暖かく気持ち良い日差しが原因で寝てしまったのだろう。


「みんな、これで大丈夫だよね?なんかある人ー?」


 覚醒しきっていない意識とまだ少し開ききらない瞼で、黒板を見る。

 黒板には様々な委員会と、色々な係の名前が記述してあり、その下に恐らくその役になったであろう生徒の名前が書いてあった。

 俺の通う「名南高校」では、一人何か一つ委員会や係の役割を担わなければならない

 当然、この決定を行う間、ずっと寝ていた俺にも何かしら役割が振り分けられたことになる。


 黒板の委員会・係名とその下の名前に目を通していく。

 すると思っていたより早く、「古橋文月ふるはしふづき」と俺の名前が書いてあるのを見つけた。

 そして、自分の名前が板書してある少し上方に視線を向け、自分の委員会を確認する。

 そこには「美化委員」と表記してあった。


(ああ、やっぱり……)


 俺の予想通りの委員会となっていた。


 「名南高校で有名なものとは?」と地域の人に聞けば、まず最初に清掃活動が上げられるだろう。

 週に一度、放課後に学校周辺の清掃活動を行っており、その行いは市や県からも表彰されるほどのものだ。

 そして、一クラスから二名選出される美化委員がこの活動を行っている。


 週に一度、放課後を拘束されるとなると、当然誰もやりたがらないし、部活動にも差支えが出てくるだろう。故に美化委員は学校の誇りであると同時に、学生にとっては迷惑なものでしかない。


 しかし、誰かが貧乏くじを引かなければならない。そのため、毎年委員会・係決めの際に、寝ている生徒や欠席している生徒が半ば強制であるが、抜擢される。

 俺は自分の委員会を確認し終え、残念なことに俺と一年間一緒に活動することになった被害者の名前を確認する。


「……最悪だ」


 その名前を見て、俺はそう小さくこぼしてしまった。

 そこに書いてあった名前の生徒を俺は知っていた。


汐見楓しおみかえで


 美しい長い黒髪を纏うも、それを霞ませるような顔立ち。

 長い脚に、すらっとしたシルエット。

 所謂、クール系の美少女だ。

 勉学もそれなりにでき、運動もそこそこできる。

 しかし、その人柄というか雰囲気なのか、あまり目立たない。

 俺は汐見とは一年のころから同じクラスであり。


 ――そして、俺の想い人だ。


 それなのにも関わらず、俺が最悪だと思ってしまう要因は他ならぬ俺にある。


「楓ちゃん、かわいそー」


「あんなヤツと一緒だなんて」


「今日欠席しちゃったから仕方ないよねー」


「加えて隣の席とか、ほんと運ないよね」


 

 周りからそんな声がチラホラと聞こえてくる。

 この周りの反応を見れば、俺が「嫌われ者」ということは容易に想像できるだろう。

 当然、汐見にも嫌われているだろう。

 そして、恐らく同じ委員会になったことで、一層嫌われてしまうだろう。


 ああ、本当に最悪だ……。


 しかし、寝ていた俺が悪いのは確かだし、もっと言えば学内の嫌われ者になるようなことをした俺が悪いので、何も言えない。



「はーい、静かにー! 色々思うとこもあるだろうけど、一年間しっかり活動してください!」



 壇上にいる、恐らく学級委員となった女子生徒が周りのざわつきを抑制する。

 彼女の名前は、神崎かんざきかなで

 少し茶色ががった髪色に今どき女子高生といった感じの、俗に言う陽キャだ。


 一年生の時も彼女と同じクラスだったが、その時も彼女は次々に話を進めていき、クラスの中心人物だった。

 話を進めるのが上手いのはもちろんのこと、彼女への信頼は厚く、また異論を唱えにくい独特な雰囲気を纏っている。まるで彼女が話すことが全て正しいかのような錯覚さえ起こす。


 そんな学年に一人いるかいないかの、カリスマ性を感じるような生徒だ。当然、学年で一番人気があり、数多の男子が玉砕しているらしい。


 そして、彼女は今年度もそのカリスマ性を発揮し、次々に話を進める。そして、普通なら一時間は軽くかかるだろう決め事を、わずか三十分程度で決め終えた。


 汐見も十分な美少女なのにあまり目立たないのは、神崎の圧倒的なカリスマ性にみんなが憧れ惹かれているんだろうな、などと俺は神崎の仕切っている姿を見ながら考えていた。



「じゃあこれで今日の議題は終わりです。 中島なかじま先生、何かありますか?」



 神崎がそう言うと、俺たち二年六組の担任である中島先生がパイプ椅子から腰を上げた。そして、よれよれの白衣の襟を正し、口を開いた。



「神崎、お疲れ。……うっし、じゃあ今日はこれで解散!もう帰っていいぞ~」



 やけに適当だが、中島先生のその一言でホームルームは終わり、二年生初日の日程は終了した。



「あ、古橋。お前は荷物まとめたら俺んとこ来い」



 どうやら俺だけはまだ帰れないらしい。



☆    ☆    ☆



「……先生、荷物まとめ終わりましたけど」


「お、そうか。じゃあちょっと来い」


 俺は鞄を持ち、中島先生の後に続いて教室を出る。

 そして、連れて来られたのは第一物理準備室だった。



「まったく、ここの鍵開きにくいんだよ……お、開いた」


 扉を開け、教室内へ入った先生の後に続く。


「……失礼します」


「それじゃあ、ここに座ってくれ」


 そう言いながら先生は自分の席であろう椅子に腰を下ろし、その対面となる椅子を指示した。


「で、今日は何なんですか?」


 俺は椅子に腰を下ろしながら先生に聞いた。


「ん?ああ、だってお前は例の問題児じゃん?一応はじめに話を聞いておかないと、と思ってさ」


「……なるほど。まぁ俺が呼びだされる理由はそれしか無いですよね」


「まぁ、そうだな。 ……という訳で一応確認したいんだが」

 中島先生は少し真面目な顔つきになり、そしてひと呼吸はさみ、再び口を開いた。



「昨年の文化祭、お前がクラスの売上金を盗んで、同じクラスの女子生徒のロッカーに隠した犯人なんだな?」


「はい。 間違いありません」

 そう、これが俺が学内で嫌われている原因。寧ろこれで嫌わない人のほうが珍しい。

 人の、クラスのお金を盗み、挙句の果てに他人に擦り付けようとした最悪の人間だ。


「で、何でそんなことしたんだ?」

「言いたくありません」

 俺がそう言うと先生は軽く息を吐き、先ほどの真剣な表情を崩した。


「……半年経ってもだんまりかぁ~」


「この件に関しては停学処分も受けて十分に反省したつもりですが……」


「まぁそうなんだけどね?一応聞けって学年主任に言われてるから、さ」


「なるほど」


「俺もホントはこんなこと聞きたくないんだけどねぇ」

 先生はそう言いながら椅子の背もたれに背中を預ける。

 そして、暫く宙を見つめた後に再び先生が口を開いた。


「……あー、まぁ、そのなんだ、学校、楽しいか?」

「いえ全く」

「だよなぁー……」

「まぁでも来なきゃいけないので……」


「そう、それ!」

 俺のこぼした発言に身を乗り出しながら食いついてきた。

「な、なんですか急に」

 俺が驚いた様子でいると先生は座る体勢を整え、一つ咳ばらいをした。


「いやね、普通こんな状況なら学校に来たくないでしょ?でも、古橋は昨年の

停学以降、一度も学校を休んでない」


「……まぁそうかもしれないですけど」


「だから俺は思うわけ。お前は何かを隠しているか、特殊性癖のドMのどっちかだなって」


「いや、どっちも違いますよ。てか後者は教育者が生徒に言っちゃいけないことでしょ」


「いやさ、正直お前が不登校とかになってないから、ただでさえ多い俺の仕事が増えなくて済んでるんだけど、今後学校に来れなくなる可能性もないわけじゃないじゃん?」


「まぁそうですね」

 主に本日の決定事項の中に俺が不登校になる最大の可能性因子がありますけど。


「だからこれは今後不登校にならないためのカウンセリングってやつかな」


「事情聴取の間違いでしょ」

 すると、中島先生は、確かに、と言って笑いをこぼした。


「まぁそれはともかく、大丈夫か?」

 すごく抽象的な質問だ。

 しかし、これだけで質問の意図が十分に伝わてしまうこの現状が少しだけ悲しく思える。

「大丈夫ですよ。 先生が心配しなくても俺は不登校になりませんし、転校もしませんから」


「お、おう。 それなら良いが、なんかあったら遠慮なく言えよ」


「はい、その時は遠慮なく利用させて頂きます」


「な、おま……まぁ、良し。 今日はこれで終わりだ、帰っていいぞ」


「はい、ありがとうございました」


 俺は席を立ち、物理準備室を出る。

 そして、扉を閉めようとした手を止め、俺は口を開いた。

「先生」

「お。 なんか言い残したことでもあったか?」


「先生は見た目はだらしなさそうですけど、結構いい人ですね」

「おま、だらしないは余計だ!」

「じゃあ失礼しました」

 そうして俺はこの日、ようやく帰路についた。



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