社会に出るのが億劫になった引きこもり賢者、気づいたら1万年ほど過ぎていた

ピポット

第1話 引きこもり賢者外に出る1

「はい、王手。詰みだな」


【ぐぬぬぬぅ、もう一戦!もう一戦じゃ!】


俺は今、薄暗い洞窟の中で伝説の魔獣、グリフォンと将棋をさしていた。


「はぁ、ジルー。お前これでもう何百万戦だと思ってるんだ?流石に懲りろ」


そう、目の前にグリフォンのジルーとはどれくらい経ったか分からないほどの時間将棋をさしていた。

そして俺の全戦全勝。不老の俺でも飽きてきたぐらいだ。


というかどんだけこいつ弱いんだよ。

いくら教えても戦法の一つも理解できないなんてもう諦めてくれよ。


【バカもん!まだじゃ、まだやれる!ワシはまだ諦めてはおらん!】


「この頑固ジジイが!お前に付き合わされてるこっちの身にもなりやがれ!頭を使え!頭を!感情だけで動くからいつまで経っても負けるんだよ!ほんっとうにいつまで経ってもーー!」


こいつと出会ってからはもう数千年が経つが、こういう感情的な性格は一向に治らない。


【ぐぬぬ、お主とてワシと出会った頃からずっとこの空間に引き篭もっておったろうが!お主もその引きこもり体質をどうにかしたらどうなのじゃ!この腐れゲスインキャめ!】


カチン


「ほうほう、君は俺にそんなこと言うんだ。ああそうかい。だったら出てやるよ!外の世界に!俺が外の世界に順応できたら今の発言撤回しろよ!脳筋バカチキン」


「ワシはチキンではない!グリフォンじゃ!」


俺は聞こえないふりをして、そのまま洞窟の外へと向かう。

外に繋がる入口には二頭のフェンリルが座っていた。


【あれ?ヒルド?こんなところまでくるなんでどうしたの?】


【そうだよ。ジルーおじいちゃんと遊んでたんじゃないの?】


「んぁ?あのバカはほっとけ。それよりも行くぞ」


俺は二頭の間を通り抜けようとする。

すると二頭は俺の前に立ち塞がった。


【行くってどこに?】


【ジルーおじいちゃんは?っていうかヒルドって外に出れるの?】


こいつら、面倒くさいな。


「はぁ、わかったよちゃんと説明するから」


俺はここまでの経緯を二頭に説明する。


【別に僕らはヒルドについていくつもりだけど……本当に大丈夫?】


【だってヒルドがここに引き篭もってから少なくとも1万年は経っているよ?】


「え?」


そこで俺の時が止まった。


ちょっと待て。今なんて言った?1万がどうとか……いやいや、数千年引き篭もったのはそうだけど、流石に1万って……ねぇ。


「マジで?」


【マジマジ、っていうかヒルド、自分のステータス欄見てないの?】


そう言われてはっと気づく。

ステータスという概念が存在していることをあの脳筋グリフォンのせいでしばらく忘れていた。


俺はステータスを開くため瞑想始める。

魂の奥底にある深層世界に入るためだ。

ステータスが書かれた紙はその奥に記されてある。


『そういえばこの空間に入るのも久しぶりだな』


薄暗い灰色の世界。

その奥にある扉に手をかける。

そしてその先に石版が置かれてあった。


『どれどれ?』


俺はステータスを確認する。


〈名前〉ヒルド

〈年齢〉10436歳

〈種族〉不老の賢者

〈HP〉596284133/596284133

〈MP〉8346259837/8346259837

〈STR〉1023452

〈AGI〉806233

〈INT〉ERROR

〈VIT〉50000

〈DEX〉ERROR

〈LUK〉50

〈アクティビティ〉裏眼 真理理解 戦略把握 世界創造 森羅万象 賢者 覇者 使徒 再生体 


なんというか、規格外な感じがプンプンするようなステータスでありがとうございます。

まぁ、あれだけ将棋と内職の料理と裁縫をしていたらERRORにもなるか……っていうかカンストしてるってことだよな……


ただ比較対象がいないからな、正直どこまですごいのかはわからないけど………

やっぱ歳は1万超えてたか……

それにアクティビティ欄の意味の分からん言葉の数々だこと。

一体俺ってどういう枠組みなんだ?

不老の賢者……見るからに意味は分かるけども………


色々と気になるところはあるけど今はまだ置いておこう。


俺は深層世界から戻る。

俺が入ってから戻るまでの間にかかったのはほんの数秒もないくらいだろう。


【どうだった?】


【1万歳だったでしょ?】


二頭は顔を低くして俺の顔を覗き込む。


「ああそうだな。まさか本当に1万年過ぎてるとは思わなかったけどな。けどそれも関係ねぇよ。今はアイツとの大勝負だ。ここで引いたら負けを認めることになる。ふん、そうだな。友達100人作ることを目標としよう!」


俺は自身ありげに語る。

そんな俺を二頭は呆れた様に見ていた。


【でも1万年も外に出てないのに本当に人間と友達になれるの?】


「は?何言ってるんだ?別に人間だけじゃなくてもいいだろ。ということでまずお前らが最初の友達一号と二号な」


俺は二頭を指差す。


【えぇ〜、そんなのずるいよ〜】


【確かに人間だけじゃなくてもいいけど……】


「そういうわけだ。よろしく頼むぜ」


俺は二頭の頭を撫でてやる。

すると二頭も嬉しそうに尻尾を振りながら頭を近づけてきた。


「あ、そうだ。お前ら小さくはなれねぇか?そのサイズは目立ったしょうがないだろ。俺の膝くらいがちょうどいいと思うんだけど」


【わかった】


【できるよ】


そう返事をすると、二頭はみるみる小さくなって最後には俺の膝下くらいまでのサイズになった。


「よし。じゃあそろそろ行くか。ハル、アキ」


ワゥ!!


俺が二頭のそれぞれの名前を呼んでやると、嬉しそうに吠えた。




【ふん、ようやく行きおったか……奴め、ワシのことを脳筋脳筋とバカにしよって〜、お前が単に賢すぎるんじゃ。ったく、奴の頭の中はどうなっておるのか……。それにしてもあんなに意地になるとはのぉ。まぁ何にせよ、奴が社会に出ようとするのはいいことじゃ】


ヒルドが出て行った洞窟の奥、いつもの場所でくつろぐグリフォンの姿はどこか寂しそうなそれでいて少し嬉しそうに見えた。


【さて、ワシもこっちをなんとかせねばならんのぅ】


そう言ってジルーは、ヒルドからもらった詰め将棋ブックと睨めっこを始めた。




「はぁ、まずいな」


俺達は焚火を囲む様に向かい合って座っていた。

そこで俺は唸るように溜息を吐いた。


【何が?】


アキが膨れた腹を丸出しにして、聞いてくる。


「いや…な、勢いよく飛び出してきたのはいいけどどうしたらいいのか分からなくて……」


【ーー怖気ついたと……】


ハルはこちらを怪しむような目で見てくる。


やめてー、そんな目で見ないでー。

でもさ?勢いって大事じゃん?苦手なこと挑戦するのに一番必要なことって勢いじゃん?


【別にこうなることは予想できていたからね。安心していいよ。僕らが見つけた村とかに案内してあげるから】


【うん。僕達も別に1万年もあそこに座ってたわけじゃないからね。狩にも行かないといけないからここら一帯のマッピングは完了済みだよ】


ハルは少し呆れたように、アキは誇らしげに言う。

俺は感動で胸がいっぱいになった。


はぁ!なんて賢い子達なのだろう!育ての親の心理状況をよく理解してらっしゃる。


「よし!じゃあ早速明日行ってみよう!」


【切り替え早いなぁ】


【僕達も見習うべきかな】


二頭は俺に呆れたような視線を送った。


翌日、俺達はハルとアキの案内で近くの村に来ていたのだが……


「なぁ、これが人間の村か?村って言う割には人がいない気がするんだけど……」


村にある建物などはそれほど古そうには見えないが、人の気配は感じられそうになかった。


【あれ?おかしいな?前は数十人程は住んでいたのに……】


【引越しでもしちゃったのかなぁ?】


そこで俺は少し気になることがあった。


「なぁ、なんか臭わねぇか?」


【え?うーん、あっ、ほんとだ!なんか嫌な臭いがする】


アキも同感する。

いや、お前らの方が俺より絶対鼻いいだろ。


【うん、僕も臭ってきた。この臭いは……あ、嗅いだことある。これ、死体の臭いだ】


ハルは何やら不吉なことを言う。


「死体?へぇ〜、これが人間の死体の臭いか……」


あまりにも久しぶりに嗅いだものだから少し研究心が出てしまっていたようだった。


【そんなことより確認してみないと!】


ハルは村の中に駆け込む。

俺達もその後ろを追いかけて行った。


【こ、これは……】


「ぜぇ、はぁ、やっぱ走るのは無理だわ」


流石に1万年も運動してないと体力はゼロに近かった。


ステータスもVITが一番低かったしな〜

あ〜!外に出るってなんて辛いんだ!

帰りたいけど帰れない!


「っていうかクサッ!!」


息切れが止むと周囲の状況が情報としてようやく受け入れられた。

俺は鼻を摘んで目の前の光景を見る。地獄絵図とはまさにこのことを言うのではないだろうか。積み上がる死体の山、それに群がる大量の虫。流石の俺でもこれは非道に感じられた。


【これは酷いね】


アキも大変嫌そうに顔をしかめる。


「ああそうだな、原因がどうであれこれは酷いな。それにこのままにしておくと疫病が発生する恐れがある。放っても置けないな」


【うん、そうだね。僕達、神獣の力で浄化しようか?】


ハルはそう提案を持ちかけてみる。

しかし、俺にはやってみたいことがあったので却下した。


【何するの?】


アキは不思議そうにこちらを見る。


「まぁ見てろ」


俺は昔拾ったそれっぽい杖を死体の山に向かってかざす。すると俺の身体と死体の山が光り始めた。


俺のステータスのアクティビティ欄にあった賢者と真理理解。この二つがあるということがどういうことなのか。ここで実証させてもらう。


「『分解』」


俺がそう言い放つと、死体の山はみるみる違う何かへと変形していく。


「『合成』」


するとそれは土に変わり、水に変わり、空に消えた。


こんな芸当ができるとはな……流石は真理理解。っていうかこの1万年ほど何もしてないのにこんなのが使えてたなんて、1万年以上前の俺は一体何をやっていたんだ!?


【すごーい!臭いも何も無くなっちゃった!】


【ヒルド!今のどうやったの!?】


ハルとアキは興奮した様子で俺の周りを回っている。尻尾を振ってよだれまで垂れているので相当だ。


「落ち着け、今のはバラけさせてくっつき直しただけだよ。特別なことは何もしていない」


【ええ〜?でも普通はそんなこと思いつきもしないし出来もしないよぉ〜?】 


ほほぉ〜ん、それはいいことを聞いたな。フェンリルにできないことが人間にできるわけはない。これで俺の力の検証パート1が完了したな


「まぁあれだ。俺は賢者らしいからな。そう賢者だ!賢者!俺は賢者設定で行こうと思う」


【また浅はかな……】


ハルは呆れたよう溜息をつく。しかし、俺はそんなのをお構いなしに高々と笑っていた。


「賢者………様?」


「そうそう俺は最強の賢者なんだよって…え?」


俺達が振り向くと、そこには幼い少女がボロ雑巾のような服を身に纏い、こちらに羨望の眼差しを送っていた。


「け、賢者様なのですか!?」


あ、やっちった?

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