episode 5  狂気との邂逅


 茉白ましろを先頭に閉塞感が漂う路地裏を抜けると一気に視界が晴れ渡り、上空に輝く太陽の存在を大きく感じることが出来た。

 辺りを囲む建造物に視線を移せば、なおも変わらず氷や霜が張り付いており、それらは陽の光を乱反射させて絶えず幻想的なきらめきを放っている。

 その光景は、やはり何度見ても美しい。


 歩きながら周囲の絶景を鑑賞する灯弥を黙って横から眺めていた茉白が、ぽつりとこぼす。


「それで、どこら辺に行くの?」

「そうだな……とりあえず都市部の方へ行こうかと思ってるよ。あまりいい思い出じゃないかもしれないけど、初めて茉白と出会った辺りかな」


 灯弥は少し躊躇ためらうようにしながら答える。

 一応茉白を気遣ってやんわりと言ったが、当の彼女はさして気にした様子もなさそうに頷いた。


「分かった。なら、こっちの道」


 茉白が灯弥の少し先を歩き、進行方向を示す。

 土地勘がない灯弥は無言で頷きながら茉白の指示に従い、都市の中心部へ向けて歩みを進めていった。




 †  †  †




 それから、三時間ほどが経過した。

 現在、灯弥たちは歩道の脇に設置されたベンチに並んで座り、小休止を挟んでいた。

 ベンチの真横には横転した軽自動車が突っ込んだことでガードレールが大きく楕円に歪み、普段見ることが少ない車体の底があらわになっている。

 この場で事故が発生したようだが、奇跡的にもベンチは無事だ。

 特に破損した箇所は見当たらない。

 

 横に座る茉白が言う。


「灯弥の知りたいものは見つかった?」

「…………ああ。大体分かったよ」


 灯弥は瞑目めいもくし、新たに判明した事実を脳内に列挙していく。


 まず第一に、現在灯弥が居るここは東京都二三区の内の一つである、新宿区であるということ。

 これは周辺一帯の建物や店を片端から調べて確めたため、間違いのない事実だ。

 この情報によって、ここが日本であると断定できたのは大きい。


 そして次に、確かにこの世界には生きている人間が居るらしいということ。

 これについては先日茉白ましろが倒れていた現場付近を入念に練り歩いていたことで発見し、知り得た情報だ。

 が、それは新宿区の特定のように文字としての情報で得たのではなく、もっと単純な視覚的情報から得たものである。


 初めてその場所を見た時、灯弥は誰かが赤いペンキをそこら中にき散らしたのか、と見当外れな感想を抱いた。 

 しかし、それにしては辺りの様相がおかしい。

 いくつもの軍隊のような車両が道路を埋め尽くす勢いで密集し、その間にぽつぽつと何かが落ちている。

 それが首を切断されて絶命した人間の亡骸なきがらであると理解した途端、胃の底から込み上がるように沸き立つ拒絶感に襲われ、思わず口を押さえてうずくまってしまった。

 茉白に酷く心配されたため、結局その場には一分も居なかったであろうが、その衝撃はこれまでの何よりも鮮明に脳裏に焼き付いている。


 灯弥の声にどこかかげりを感じた茉白が問い掛ける。


「そう……。なら、今日はもう帰る?」


 うつむく灯弥の顔を、茉白が案ずるように横から覗きこんだ。

 その目を見た灯弥は、これ以上茉白に気を遣わせる訳にはいかない、と自身に発破をかける。

 そしてにじみ出る疲労の色を塗り潰すように、渇いた笑みを張り付けた顔を上げようとして、


「……そう、だね。今日は帰ろうか――」

「っ! 伏せて!」


 茉白に無理やり上体を引っ張られ、道に倒れた所をベンチの脇に押し込まれる。

 端から見れば、事故で横転した車体を盾として身を潜めているような状況だ。

 突然の茉白の行動に訳も分からずされるがままになりながら、反射的に声を上げた。


「ま、茉白!? 一体なにを……」

「しっ! 静かに」


 茉白は真剣な表情で自身の唇に人差し指を当てる。

 その緊迫した様子を見せられては、灯弥も押し黙るしかない。

 まなじりを鋭く尖らせながら、時折車体から顔を出して遠方を凝視する茉白の視線を追ってみるが、その先に特に変わったものは見当たらない。

 そろそろ見慣れ始めたごく普通のビル群が建ち並ぶだけ――否、黒塗りのビルに同化しているため気付きにくいが、何か小さな黒い物体が空中を移動している。

 それはまるで上空に造られた不可視の道を走っているかのように一切のぶれなく一定の高度を維持しながら、ゆっくりと此方こちらへ近付いて来ていた。


 ようやく灯弥が謎の物体の存在を視認した時には、すでに茉白も感づいていたようで、一層目つきを鋭くさせる。

 すると不意に、灯弥の右頬にほのかな熱風が吹いた。

 小さな熱気に当てられ右横に目を向けると、茉白の右手に青白い炎の風が収束するように吹き荒れている。

 やがてその光が消えると同時に先ほどの熱も消失し、代わりにその右手には一本のナイフが握られていた。

 茉白が腰元にげているランプも、心なしか炎の勢いが強まっているように見える。


 それを見た灯弥は、前に茉白が話していた事を思い出した。

 茉白いわく、ランプは凍雪殻スノウホワイトの体を外の冷気から守り暖めてくれるものであり、それが破壊されると寒さに耐えられなくなるため、やがて凍死してしまうらしい。


 しかしそれは、ランプの表面的な機能の一部に過ぎない。

 ランプに灯る炎の役割において、主人の体を冷気から守るというのは、言わば人間における基礎代謝のようなものだ。

 当然ながら人間も、体を鍛えるために運動をしたり、何かを学ぶために頭を働かせたりすれば、そのぶんのエネルギーが消費される。

 これと同様に、凍雪殻スノウホワイトにおいても、エネルギー源である炎を燃焼させることによって、様々な現象を発生させる事が出来るらしい。


 とは言え、それは人間のように俊敏に走ったり懸命に勉強したり、というようなレベルの話ではない。

 疲労回復や傷病治癒などの身体再生を始めとして、一時的な骨格成長や筋肉・筋密度の増強、そして――人智を超越した『物質生成』。

 個体によってその出力に優劣は生じるが、これらはほぼ全ての凍雪殻スノウホワイトが有する能力であるらしく、ランプが実に多角的な作用をもたらすことが分かる。


 しかし一方で、このような現象をランプを媒介にして発生させると、その度に中に灯る炎の燃焼速度を速めるようだ。

 考えなしに使いすぎればあっという間に炎が消失する。

 それは凍雪殻スノウホワイトにとって死と同義だ。

  

 ゆえに理性的な凍雪殻スノウホワイトは皆、炎の無駄遣いを極端に忌避きひする。

 疲労を溜めないためにしっかりと睡眠を取り、重篤な怪我を負わないよう常に気を配り、無闇な物質の生成は決して行わない。

 茉白もその例に漏れず、灯弥がこのような物質生成の場に立ち会うのは、今朝小皿に展開した鋼鉄網に続いて二度目だった。

 逆に言えば、それだけ状況が逼迫ひっぱくしているとも考えられる。


 超常的な現象を目の当たりにした興奮からか、灯弥は自身の鼓動が速まっていくのを感じていた。

 一方で、漆黒の浮遊物を冷静に見据える茉白は、いつ動いても良い様、ナイフを握る右手に僅かばかりの力を込める。


(……まだ。……もう少し、もう少しだけ引きつけて…………)


 瞬きすら行わずに鋭い眼光を放っていた茉白の瞳が――瞬間、とらえた機を射抜くように大きく広がる。

 同時、流水のように淀みない動作で、素早くナイフを投擲とうてきした。

 ナイフは凄まじい速度で風を切り裂きながら吸い込まれるように謎の物体へと迫り、その胴を穿うがつ。

 物体は意図しない攻撃に当惑するようにしばらくのあいだ空中に不自然な軌道を描くと、やがて事切れたのか動かなくなり、呆気なく地面へと落下していく。

 

 地に叩き付けられる鈍い音が静かに鳴ると、ようやく茉白の表情に柔らかさが戻った。

 その表情を察するに、獲物を討ち取った達成感に浸っているというよりは、突如来訪した危機を退けた安堵あんどのような印象を受ける。


 茉白の雰囲気から事態が収束したことを察した灯弥が声をかける。


「えっと……もういい、のかな?」

「うん。もう大丈夫」


 茉白は頷くと、少し灯弥の側から離れ立ち上がった。

 それにならうように灯弥も恐るおそる立ち上がって車体から身を乗り出し、先ほどの物体が浮遊していた方へと目を向ける。


「茉白、今のは……」

「アレは凍雪殻私たちの間で、『ハエ』と呼ばれてる生物。詳しい事は私にも分からない……けど、あの蝿はとても危険。可哀想だけど、見つけ次第駆除しないといけない」

「えっ! アレ、蝿なの!?」

「そう。『ハエ』に見つかると、無数の黒い弾を発射してきたり、触手みたいなので拘束して電流を流してきたりする。まあ、それぐらいの攻撃で死ぬような凍雪殻スノウホワイトは少ないと思うけど、もし灯弥に攻撃が当たったら危険だから」

「確かに、それはその通りだね」


 茉白の言葉に頷きながらも、心中で灯弥は頭を傾げていた。

 ナイフが胴体の一部に突き刺さるほどに巨大な蝿など、果たして存在するのだろうか。

 さらに凍雪殻スノウホワイトに攻撃を仕掛けてくるなど、それこそファンタジーの世界に巣食うモンスターだ。

 が、それゆえに、好奇心が刺激される。


 この世界で初めて遭遇した、あの蝿について深く知りたいと考えた灯弥は再び茉白に問い掛ける。


「あの蝿、死んだの?」

「多分死んだ。あんな風に地面に落ちたら、大体死んでる。もし生きてても重傷だから、もう私たちに攻撃してくるようなことはない」

「そっか。……なら、もう少し近くで見に行っても大丈夫?」

「…………まあ、大丈夫だとは思うけど。見たいの?」

「うん。あんな大きい蝿なんて見たことないし」

「……そう。なら私も着いていく。折角生成したナイフをたった一回で無駄にしたくないから」


 ベンチの真後ろに位置するガードレールを流れるような動きで跳び越えた茉白が、灯弥を待つように振り向いた。

 続けて灯弥もガードレールをまたいで車道へ降り立つと、茉白と並んで共に蝿が落ちた場所へと歩いていく。


 数十秒ほど歩き、地面に散らばる砕氷と完全に胴体を貫通したナイフに彩られた蝿の亡骸が見つかった。

 灯弥たちの足元に転がる蝿の大きさはサッカーボールくらいだが、表面のデザインは黒一色である。

 茉白がしゃがんで蝿からナイフを引き抜くと、傷口からバチバチと漏電するような音が小さく鳴った。

 かすかに漏れたその音をいぶかった灯弥は、茉白と同じくしゃがんで蝿を詳しく観察する。


 寸分の歪みも見当たらない黒塗りの球体の一部をよく見ると、透明のカメラレンズのようなものがあった。

 そのレンズ部分を瞳に例えるならば、この蝿のフォルムは人の眼球そのものを取り出したような形状と言える。

 茉白が引き抜いたナイフの傷口の奥には内蔵された電子基盤や、複雑に絡まり合う様々な色合いの配線が一様に断ち切られていた。

 そこには生物としての肉感は感じられず、無機質な精密機械の断面といった感じだ。


 灯弥の表情が、驚嘆の色に染まる。


「これは…………ドローン、か?」


 地に横たわる蝿の姿を一頻ひとしきり眺めた灯弥は、そのような結論を出した。

 監視カメラの進化機器として、監視ドローンが世に普及したのは何年前だったか。

 ここまで間近で見ることはあまり無いが、このドローン自体はさして珍しい物でもない。上空を見上げれば所々に散見されるくらいには、灯弥たち現代人にとってありふれた物である。


 しかし一つだけに落ちないことがあった。

 これが映像記録用の監視ドローンとするならば、全体的に少し大きすぎる気がしたのだ。

 監視ドローンは、あらゆる場所において移動可能であることを前提に製造されているので、通常であれば手のひらに乗るくらいの小型である。

 これほどの大きさともなれば、運搬ドローンの方が近いだろう。あるいは軍事目的で使用される軍用ドローンか。


「……ドローン?」


 先ほど灯弥がこぼした呟きを不思議に思ったのか、隣にしゃがむ茉白が鸚鵡おうむ返しに問い掛ける。


「ああ。茉白たちが『ハエ』と呼んでるコレは、ドローンっていう機械だ」

「生物じゃないの?」

「そうだね。確かに初めて見たら生き物の様に見えるのも分かるけど、これは生物じゃない」


 説明を聞いて、茉白が感心したように小さく息を漏らした。

 灯弥は眼下に横たわるドローンの残骸に視線を移し、真面目な顔つきで見つめる。


(でもこんな場所で、一体誰がドローンを……?)


 不意に隣の茉白が立ち上がり、思考を巡らせていた灯弥の頭上から言葉を浴びせた。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか。灯弥」

「えっ、ああ、そうだね。元々帰るつもりだったし……って茉白、その髪どうしたの?」

「髪?」


 灯弥も立ち上がると、茉白の白銀の後ろ髪が毛先にかけてまだらに赤く染まっているのが見えた。

 不思議に思って茉白に言うも、当の彼女は今初めて気付いたように首を傾げている。


 気になった灯弥がその赤い染みを触ってみると、ぬるりとした感触が伝わり、指先に赤い液体が付着した。

 眉をひそめながら赤く色づいた自身の指先を眺めていると、後ろから何かが潰れるような気味の悪い音が短く響く。


「なんだ……?」


 その音の方へ目を向けると、反対車線側にそびえ立つビルの足元に先ほどのドローンのような球体が落ちていた。


 しかし、何かおかしい。

 その球体は形状こそドローンに似通っているが、機械のような無機質さは感じられず、配色も軍人が着る迷彩服のような感じだ。

 そして何故かその球体の周辺にも茉白と同じように飛散したように赤い斑が飛び散っていた。否、その赤い液体は今も絶えずその球体から流れ続け、その身を小さな深紅の湖に沈めている。


 その時、一つのおぞましい予感が脳裏をよぎった。

 灯弥がその考えに至った瞬間、き出しの神経を撫でられるような総毛立つ戦慄が全身を駆け巡る。

 灯弥は思わずくずおれそうになるほどの虚脱感を覚えた。


 が、ぱたたた、と上空から飛沫のように降り注いだ液体が灯弥の髪や顔にかかり、反射的にそちらの方へ意識が向けられる。

 頬に付着した液体を恐るおそる指ですくうと、やはりそれは色濃い赤の液体。

 その朱に染まる指先から鉄錆びのような独特の匂いを嗅ぎとった瞬間、今度こそ卒倒しそうなほどの衝撃が襲いかかった。


「こ、これって……まさ、か…………」


 自らの考えを否定するように、灯弥は数歩後ずさる。

 右手は無意識の内に顔を覆い、呼吸は激しく乱れ始める。

 さすがに灯弥の異変に気付いた茉白が、声をかけようとして――――前方で轟音が反響した。


 咄嗟にそちらへ視線を移すと、そこは十字路を曲がりきれない程の猛スピードで走行したのか、護送車のような黒塗りの車がガードレールをへし折りながらビルの中へと突っ込んでいた。

 硬化ガラスを粉砕して車体の半分ほどを建物内へめり込ませており、一見しただけで凄まじい速度で走行していたことが分かる。

 その追突事故を始まりとするように、遅れて近くから断末魔の叫びと銃声が響いた。

 

 それは、先ほど目の当たりにした首が切り落とされた人間の死体が無数に転がる、あの地獄絵図を想起させた。

 

「――――ッ!」


 その記憶が鮮明に瞳の奥に蘇った瞬間――彼は衝動的に駆け出した。


「灯弥――ッ!?」


 護送車が突っ込み、今も悲鳴が反響する方へと疾駆する灯弥に驚きの声を浴びせるが、その足が緩まることはない。

 慌てて茉白もその背中を追いかける。

 五〇メートルほどの距離を走って前半分が潰れた事故車両を通り抜けて十字路の中央まで移動し、護送車がやって来たであろう方角へ身体を向ける。

 そこに来てようやく灯弥に追いついた茉白が僅かに上がった息を整えながら声をかけようとして、


「はぁ……。灯弥、勝手に動いたら――」


 そこで茉白は言葉を止める。

 視界の右に映る光景が、あまりに衝撃的だったがゆえに。

 灯弥もその光景を、ただ呆然と眺めていた。


 軍人のような装いをし、さらに銃火器で武装した十数人の兵士の間隙かんげきを縫うように素早く動き回る、黒いドレスの少女。

 しかしその手に握られているものは、おおよそ年頃の少女が持つに似つかわしくない、赤く染まった巨大な包丁だった。

 彼女が兵士の間をすり抜ける度にその周囲からは鮮血の驟雨しゅううが降り注ぎ、赤い雨粒がたわむれるように純白の柔肌を濡らす。

 少女の背後には膨大な量の血溜まりが形成されており、切り離された首と胴が無秩序に散らばっていた。


 仲間を目の前で殺されたことで怒りと恐怖に支配された何人もの兵士が、少女目掛けて自動小銃を撃ち放つ。

 何十発もの射撃音が容赦なく耳朶じだを刺す一方で、少女はそれらをものともせずに片側三車線の広い車道を縦横無尽に駆け回り、全ての実弾を紙一重で回避していく。

 その動きは曲芸のように軽やかでありながら、同時に淑女しゅくじょのような大人びた気品を兼ね備えていた。

 再び彼女が攻勢へ出ると、またも深紅の嵐が吹き荒れる。


 じゃり、と少女の靴が砕氷を踏みつける音が響く。

 そんな些細な音が聞き取れるほどに、いつの間にか辺りは静まり返っていた。


「はっ……あ、ひ…………っ」


 愉悦に口角を緩めた少女が、腰が抜けて無様に尻餅をつく一人の兵士を見下ろす。

 両者は親子ほど年齢が離れているように見えるが、今やその立場は完全に逆転していた。

 兵士の男は少女を見上げながらすがりつくように両手で銃を握るが、恐怖に支配された体は震えるばかりで一向に動かず、その口からは歯がカチカチと鳴る音しか聞こえない。

 まさにまな板の鯉と化したこの兵士をどう料理してやろうかと思案するように、少女が血に塗れた包丁で自身の口元を隠し――そこではたと動きを止める。

 驚いたように少女が眺めているのは兵士のさらに奥、三〇メートルほど離れた場所にたたずむ、一人の凍雪殻少女


 意図せぬ来訪者である茉白の姿をその視界に収めると、少女は上品に微笑ほほえみ、その雰囲気を幾分いくぶんか柔和にさせる。


「あら? こんな場所で奇遇ね」


 偶然街で遭遇した旧友に声をかけるような気軽さで、茉白へと語りかける。

 その目には、もはや眼下で怯える男のことなど微塵みじんも映っていない。

 柔らかくなった少女の態度に一筋の光明を見出だした兵士が、震える体を無理やり動かし、決死の覚悟でその場から逃亡しようとして――――


「――――『ピクシー』ちゃん」


 少女が包丁を薙ぎ、新たな祝福の雨が飛び散った。





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