episode 2  血染めのドレス


 軍用車両の集団が列をなし、がらがらの道路を走行する。

 その数、計六台。

 いずれも大型トラックや護送車のような外観だが、装甲は頑強な黒塗りの金属で覆われ、ものものしい威圧感を放っている。

 

 突如、中途半端な車道の中央で車両群が停車した。


 続く道路の先に目を向けると、爆撃を受けたような傷跡が刻み込まれていた。

 さらに周囲には通行を妨げるように、横転、あるいはビルに突っ込んだ軍用車両が散らばっている。

 

 さらに目を凝らせば、地面にき散った赤黒い血飛沫。

 車体にし潰されるように人間の腕や足がはみ出している。

 当然、それらがピクリとも動くことはない。


 思わず目を背けたくなるような凄惨な現場。

 しかしこの凄惨さが、豹変した美しい氷世界では、より一層際立きわだっている気がした。


「作戦ポイントに現着」


 先頭車両のドアが開き、中から一人の男が現れる。

 車両と同じデザインのヘルメットと戦闘服を身につけ、さらに黒いゴーグルで顔の上半分を覆っている。

 胸元には、燃え盛る炎を守護するように交錯する二双の剣が彫られた、銅製の徽章きしょうがつけられていた。

 重厚な衣服の上からでも、ありありと分かるほどにガタイが良く、まさに軍人然とした雰囲気をまとう男だ。


 その男はおもむろに右手の人指し指と中指をゴーグルのフレーム部分に接触させると、低く呟く。


「――Xrイクセリアシステム、起動」


 その瞬間、パソコンの起動音のような機械的な音楽が耳朶じだを震わし、暗かったゴーグル越しの視界が薄く緑がかった水色の画面へと切り替わった。


『指紋認証、声紋認証、網膜認証――完全一致オールクリア青銅徽章官せいどうきしょうかん佐竹義平さたけよしひら様のアカウントよりXrイクセリアシステムにログインします。システムのご利用目的をお伝えください』


 目まぐるしく画面が切り替わり、膨大なデータのうずが巻き上がるように光の粒子となって消えていく。

 同時に、視界の中央には大きく緻密ちみつなデザインが施された真円が浮かび上がった。その円の中にはシステムで解析され、かたどられた高解像度の立体的な人間の脳が緩やかに回転している。

 しかし一度ひとたびAIが言葉を話すと、その脳を背景とするように円内に声紋の波形が現れ、激しく上下へ揺れた。


 システムが正常に機能したことを確認すると、大柄の男――佐竹さたけは義務的に応える。


「本部への連絡を」

『承知いたしました。これより作戦司令室本部への無線パスを繋ぎます』


 佐竹の要望に、Xrイクセリアシステムと呼ばれたAIは、抑揚のない機械的な女性の声音で応じた。

 と思った次の瞬間には、すでに無線パスが繋がれており、すぐさま本部の人間が応答する。


『こちら作戦司令室本部。佐竹隊長、状況はどうだね?』

「ただ今現場に到着しました。目視出来る限りでは凍雪殻スノウホワイトの姿は確認できません」

『ふむ、しかし油断はするな。間違いなく《ピクシー》は地雷トラップにかかっている。偵察ドローンから送られた映像にもその一部始終が映っているゆえ、間違いのない情報だ』

「はっ! これより《ピクシー》捕獲作戦の実行に移ります」

『くれぐれも留意したまえ。健闘を祈る』


 ブツリ、と鼓膜を刺すようなノイズ音と共に通話が途切れる。

 続けてゴーグルに投影される映像が脳を模したデザインの初期画面へと戻ると、佐竹は再び口を開いた。


「索敵・戦闘モードへ切り替えを」

『承知いたしました。索敵・戦闘モードへ移行します』


 人工的な声でAIが告げると、画面が消失し、またゴーグルも透明となり明瞭めいりょうに周囲の景色が目に入ってくる。

 これで作戦に必要な準備は整った。

 佐竹と同様に、後続の車両に乗る部下達もすでに準備を終えているはずだ。

 そして、佐竹が総員に号令をかけようと振り返ろうとした瞬間。


 ――――突如、隊員の悲鳴と銃声がとどろいた。


 断続的に機関銃のような発砲音が炸裂し、それをかき消す勢いで至るところから隊員の断末魔の叫びが飛び交う。

 緊急事態に、佐竹は反射的に振り返る。

 すると、一人の隊員が半狂乱になりながら彼の元まで駆け寄って来た。


「ど、どうした! 何が起こった!!」


 佐竹が半ば恫喝どうかつするような勢いで強く問いただすと、その隊員は目を血走らせ、鬼気迫る勢いで声を荒らげる。


「た、隊長! 早く逃げてください! あの凍雪殻スノウホワイトが乱にゅ――」


 不意に、隊員の首の周囲を沿うように赤い横線が描かれた。


「お、おい! なにを急に固まって――――」


 定規で引いたように寸分の歪みもないその謎の線は徐々に太く、濃くなっていき、やがて抑えきれずに赤い液体がボタボタとあふれ出す。

 決壊し、流れ出した液体は一瞬の内に隊員の衣服を赤く染め上げ。


 そして。


「なッ……!?」


 首筋から真っ赤な鮮血が噴水のように噴き出すと、ぐらりと前のめりに倒れる。

 急降下する視線。

 視界に広がる血溜まり。

 隊員の首は完全に切断されており、すでに絶命していた。 


「こ、これ、は……ッ!」


 自らの足先に転がる、部下だった人間の頭。

 変死を遂げた部下へ意識が向かうと同時、真相は示された。

 それは、呆れるほどに単純なもので。


 息絶えた隊員の真後ろから現れた――小柄な少女。


「ご機嫌麗しゅう? ニンゲンさん」


 場違いなドレスが目に飛び込む。

 シックなデザインで統一された、漆黒のドレスだ。

 それは少女の雪のように真っ白な手足と調和し、美しいコントラストを演出している。


「ようこそ私の街へ。歓迎するわ……と言いたいところだけれど、少し張り切り過ぎたかしら? こんなにドレスを汚したら、またカリナに小言を言われてしまいそうね」


 少女はうつむきながら、返り血がついた自らのドレスを見下ろして微笑む。

 そのためはっきりと顔は見えない。

 しかし、佐竹は蛇ににらまれた蛙のごとく動けずにいた。

 ただただ、血で濡れたドレスだけが目を引き付ける。


 その血は誰のものなのか?

 そう言えば、辺りが静かすぎやしないか?

 脳は思考を放棄する。


「ぁ……あぁ…………」

「あら、顔色が優れない様子だけど大丈夫かしら? どこか具合が悪いところでもあって?」


 少女はゆらり、と首を傾げた。

 黒髪と白髪が無秩序に入り交じる奇妙な頭髪が、肩口で揺れる。

 そこで佐竹は、初めて少女と対面した。


 モノクロの前髪から覗く、ぞっとする紅眼。

 彼女の紅い視線は、無遠慮に佐竹の胸元をいずる。


「あら、あなた銅章官どうしょうかんなのね。もしかしてこの部隊の隊長なのかしら? それとも、他に金章官きんしょうかん銀章官ぎんしょうかんも来ているの?」


 本能を刺すような恐怖が佐竹を襲う。

 動けない。息を吸う余裕すらない。

 あまりの静けさゆえか、ぽた……ぽた……と雫が落ちる音がうるさい。

 その音の正体は、少女が握る戦慄の凶器。


 骨切り包丁よりももっと刃の幅が広い――言うなれば中華包丁だろうか。

 しかしそれは普通の中華包丁とは異なり、少なくとも全体的に二回ふたまわりは大きい。

 長方形の刃はべったりと赤く濡れており、今も刃先にかけてゆっくりと血が流れ、地面へとしたたり落ちている。


 あまりにリアルな死の恐怖。

 だが、佐竹は今回の作戦部隊の隊長だ。

 それに屈してはならない。

 決死の覚悟で、言葉を紡ぐ。


「わ、私は……」


 少女はため息で遮った。


「……どうやら、あまり私は好かれていないようね。残念だけど仕方ないわ。楽しげな会話は見込めそうにないし……」


 包丁の刃先が、ゆらりと揺れる。

 少女の唇は三日月に歪んでいた。


「――ッ!!」


 瞬間、佐竹の心臓が殴るように脈打つ。

 意識が痺れ、脳がけつく感覚。

 全身に熱い血が巡り、衝動的に身体が動いた。

 

「ぐ、ッ……ぁぁああァアアア!!」


 佐竹は車両の運転席に立て掛けていたショットガンをひったくり、後方へ飛び退く。

 距離を取って、少女の胸に銃口を突きつける。


 それと同時、喉がきしむほどの声量で、まくし立てるように叫んだ。


「ほ、本部へ緊急通達! 現場で新たな凍雪殻スノウホワイトと接敵ッ!! 個体名称は《ヘッドポ――――」


 対する少女は、スッと一歩を踏み出して。


「さぁ、派手にパーティーを始めましょう?」


 何の躊躇ためらいもなく、包丁をいだ。



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