第19話 残光

 日が暮れるのがどんどん早くなっていく。


 火曜日の今日は授業が七時間もあるので、午後三時間分の授業を受けSHRショートホームルームまで終わると、時刻は午後四時を回ってしまう。


 神那の席は教室の中では一番窓側だ。ふとした時に窓の外を眺めて物思いに耽ることができる。


 秋の日は早い。最近は午後二時過ぎくらいからすでに太陽が西に落ちていくのを感じ始める。四時にもなれば太陽はすでに山のにかかり西日は鋭い角度で教室に差し入っていた。

 明かりをつけるかつけないかの境目だ。まして教室内にはもう神那しかいない。

 つい先ほど、これから部活動に行くのであろう男子生徒が二人連れ立って出ていった。神那も発表会後の燃え尽き症候群になどかかっていないで合唱部の練習に行くべきだ。


 ほの暗い教室に、一人きりになる。


 西日を浴びながら将来のことを考える。


 双子には、大学進学についての明確なビジョンがあるらしい。

 神那にはない。

 いつまでも歌って踊って生きていける気がしていた。あるいは双子を押したり引いたりして生きていける気がしていた。

 これもあと一年と四ヶ月を切ったのだ。


 いつまでも歌っていられるわけではない。

 いつまでも遊んでいられるわけではない。


 太陽が、沈んでいく。


 それでも立ち上がらなくてはならない。今この瞬間を無駄遣いしないようにしなければならない。

 何も思いつかなくても、とりあえず歩き続けたい。


 そう思って席を立とうと思った、その時だ。


「そのまま」


 教室の後ろの方から、双子の声がした。


「動かないで」

「え?」


 頬杖をついたまま振り向く。

 教室の後ろの扉から教室の中を覗くように双子の片割れが立っている。

 彼は神那に向かってスマホを構えていた。


 かしゃり、という音が聞こえてきた。小さな音だったが、神那と彼以外誰もいない教室ではしっかり響き渡った。


 撮られた。


「ちょっと、私を撮ったの?」

「そう」

「何にもしてないのに? 何のために?」


 写真を撮られること自体には抵抗感はなかった。神那は合唱部の仲間たちとの自撮り写真や集合写真を大事にしていた。自分が被写体になること自体はさほど大きな問題ではない。

 だが、なぜ、今だったのだろう。何もしていない。たそがれながら椅子に座っていただけだ。もしかしたら間抜けな顔をしていたかもしれない。無意識を撮られるのは恥ずかしい。


 片割れが教室の中に入ってきた。


「見て」


 スマホを差し出す。

 画面に写真画像が表示されている。


 燃えるようなオレンジ色の光が四角い窓の形に切り取られている。窓枠は逆光で黒く塗り潰されていて、机も椅子もすべて真っ黒で、まるで何かのオブジェが並んでいるか、あるいは教室そのものが異世界のようだった。


「綺麗」


 その言葉を聞いた瞬間、神那は顔が真っ赤になったのを感じた。双子の口から自分の容姿を褒める言葉が出たのは初めてだったのだ。


 すぐに我に返った。


 神那も、逆光で真っ黒になっていた。


「……これじゃ私だって分からなくない?」

「いや、分かるような写真被写体の許可なしに勝手に撮ったらだめでしょ。肖像権ってやつだよ」

「聞いてもいい?」

「なに?」

「何が綺麗なの?」

「残光に照らされた教室が」

「うん……そうだよね……いやいいの、別に……」


 バッグを手に取って立ち上がった。大きな溜息をつきながら教室の戸に近づき、片割れとすれ違うようにして廊下に出た。


「あーっ! 神那ちゃんも綺麗だよ!」

「遅いわ、バカ」





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