となりの双子ちゃん。
日崎アユム/丹羽夏子
第1話 窓辺
幼稚園を卒業したらみんな同じ小学校に行くものだと思っていたので、神那はその時非常に落ち込んでいた。
六歳の神那には、両親が――特に父が子供たちを転校ないし転園させないために十月からの半年間単身赴任をしてタイミングを調整してくれていたことなど、これっぽちも伝わっていなかった。
今思えば申し訳ない限りで、父は子供たちが思っていたよりずっと子煩悩で末っ子の神那はとりわけ可愛がられていたというのに、それはさておき。
引っ越し先は生まれて初めての一戸建て、両親にとっては悲願のマイホームだ。
神那にも姉と共有ながらも自分の部屋ができた。それでもまだ知らない人ばかりの小学校に行かなければならない不安の方が勝ったが、白い壁紙に赤い花柄のカーテンは悪くない。
二階の自分の部屋の窓から外を覗き込むように見る。東向きの窓はすでに薄暗い上、隣の家の窓しか見えなかったが――
隣の家の窓辺に、ひとり分の影がある。
神那の部屋の向かいには、モノクロの星柄のカーテンがかかった部屋があって、その中に、神那と同じくらいの年の男の子が立っている。
色白で、大きな黒い瞳とさらさらの黒い髪が印象的で、ひょっとしたら女の子かもしれない、というような顔をしている。神那が彼を男の子だと思ったのは彼が髪を短くしていたからに他ならない。もしかしたら、ショートヘアの女の子かもしれない。
神那は笑みを浮かべた。
もしかして、隣の家に住んでいる子だろうか。同じ小学校に行くのかもしれない。お兄ちゃんもお姉ちゃんももう中学校で神那とは一緒にいられないのだ。彼が一緒に学校へ行ってくれるのなら神那は安心だ。
そう思った、次の時だ。
彼が横、自分の右隣を見た。
神那は目を真ん丸にした。
彼の右隣から、もう一人分の人影が出てきた。
神那と同じくらいの年頃の男の子だ。
色白で、大きな黒い瞳とさらさらの黒い髪が印象的で、ひょっとしたら女の子かもしれない、というような顔をしている。神那が彼を男の子だと思ったのは彼が髪を短くしていたからに他ならない。もしかしたら、ショートヘアの女の子かもしれない。
おんなじだ。
二人、まったくおんなじ顔をしている。
神那は驚愕した。
こういうのを、ドッペルゲンガーというのだ。
世の中にはまったく同じ姿かたちの人間が二人も三人もいて、自分のドッペルゲンガーと遭遇すると死んでしまうらしい。
本で読んだ。
隣の家の男の子はきっと死んでしまう。
引っ越し早々とんだ怪奇現象だ。隣のあの家はきっと呪われている。
こわい。
「おねえちゃん!」
慌てて部屋を出て階段を駆け下りた。
階段を下りると広くて開放的な玄関があり、姉は玄関の真ん中に突っ立っていた。
「神那! ちょうどいいところに」
姉に手招かれる。
「お隣さんに挨拶して」
「あいさつ?」
「隣の
あのドッペルゲンガーだ。
恐怖のあまり後ずさりする神那を、外からやって来た両親が「神那」「神那」と口々に呼ぶ。
「来なさい神那」
「これからずっとここで暮らすんだから、ちゃんと挨拶して」
逃げられない。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、言うことを聞かない神那に困っている。それは末っ子の神那にとっては何よりもいけないことだった。神那は可愛い良い子でみんなに愛されていなければならないのだ。
言うことを聞かないといけない。
でも外で待っているのは化け物だ。
こわい。
きっと大丈夫。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、神那のことを守ってくれる。
そう固く信じて、思い切って玄関から飛び出した。
「末っ子ちゃんはカンナちゃんっていうんだね」
駐車スペースの向こう側の道端、こちらの家とあちらの家の境界線辺りに、恰幅のいい女性が立っている。
化粧っ気のない顔に肩より長いひっつめの髪の女性で、綺麗に化粧をした神那の母親より年上そうに見えた。彼女が隣の家の主なのだろうか。
普通そうな人だ。呪われているわけではなさそうだ。
神那がそう思った時、隣の家の玄関が開いた。
「おかあさん!」
二人分の声が重なって聞こえた。
二人分の影が飛び出してきた。
二人とも、恰幅の良い女性の腰にしがみついた。
神那は息を止めた。
さっきの窓辺にいた少年二人だ。
そこで、あれ、と首を傾げた。
二人とも、ちゃんと実体がある。
女性が大きな溜息をついた。
「こら、
別々の名前がついている。
神那の母親が「あら可愛い!」と甲高い声を上げた。
「双子ちゃんですか?」
「そうなんだよね」
お隣さんが笑った。
「こっちがたず――奈梓かな? まあどっちでもいいさね。片方が太梓で、もう片方が奈梓。一卵性双生児で、ずっと二人で遊んでばっかりで、めちゃくちゃ人見知りするんだわ」
右手で片方の頭を撫で、左手でもう片方の頭を撫で、「困っちゃう、困っちゃう」と繰り返す。
「カンナちゃんと同い年で、この春から小学校に上がるんだよね。よろしくね、カンナちゃん」
ドッペルゲンガーは――双子の太梓と奈梓は、母親の腰に顔を埋めたまま、何にも言わなかった。
それが、双子と神那のすべての始まり。
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