第78話 サウス帝国 フェイ・マトハット将軍

「サウス帝国軍 将軍 フェイ・マトハットだ。」


その男は短く名乗った。


「ノーシア王国魔法騎士軍、総司令官を務めております。

マインティア・ストラウトです」

私は最高レベルの貴公子スマイルを彼に見せながら言ってやった。

「お会いできて光栄です。マトハット将軍」



目の前の男は「こんな若造が?」という顔をしている。

つかみはOKだ。

油断してくれていると、いざという時に殺しやすい。


先代の総司令官ハイド・バーレント様と互角に渡り合った男。

劫火ごうか将軍と渾名あだなされる火炎魔法の使い手。

魔力だけじゃない。頭もいいはずだ。


爺さんのくせにガタイがいいな。

私より身長がある。腹が立つ。


***


ノーシア国王との謁見の間に現れたのは、場を圧倒する空気を持つ男だった。

年のころは60を超えているだろう。立派な髭も髪も全て白い。


だが歩く姿は老人には見えない。


従える若い将校たちのだれよりも力強く見えた。歴戦を生き延びてきた将軍の持つ威厳はその上に立つ皇帝の偉大さをも想像させる。赤と黒を基調とした軍服は華やかでありながら、血の残酷さをも思い起こさせた。



「要請に迅速にご対応いただき、感謝申し上げます。ノーシア国王陛下」


「マトハット将軍。貴殿の武勇は我が国までも伝わっておる」



大国を守り抜いてきた大将軍は、型通りの挨拶を眉一つ動かすことなく終えた。

こちらが勧めた休憩を固辞し、さっそく皇女の身元確認のための面会を求めた。



「マトハット将軍、どうぞご安心ください。殿下と思われる女性は我が軍の精鋭が警護し、控えの間にお起こしいただく予定です」


「感謝申し上げる。ストラウト殿」


職務として一刻でも早く皇女の無事を確かめたい、そんな印象を受ける。

しかし将軍の表情からは、彼の個人的な感情を読み取れない。


さすがだね。


付いて来ている将校たちも同様に無表情だ。

よく鍛えられている。


「しかし将軍、当方では女性の身元の真偽を確認することまではできませんでした。あくまでご本人の申し出を受けて、お知らせした次第です。

言うなれば不確定な情報で将軍にお越しいただいたことになります。

万が一、シン・ラン殿下の偽物であった場合はいかがなされますか」


「お気遣いは無用だストラウト殿。その場合もこちら側で処理させていただく」


「その処遇はいかように?」


「詐欺師の場合も罪人として身柄を引き渡していただきたい。

シン・ラン殿下の行方は皇帝陛下をはじめ、家臣、国民、サウス帝国の全ての者が案じていた。

その気持ちを踏みにじるような輩は生かしてはおけぬ。

皇女をかたる者として、サウス帝国で処刑されるべきであろう」


将軍は淡々と答えた。


処刑ねぇ。

けものの刑』にでもするのかな?


本物、偽物、どっちにしろ、身柄を引き渡せということか。

ともかくルシャさんが欲しいことに変わりはない。

なぜそんなに欲しがるんだ?

確実に殺さないと安心できないからか?


3年も放置しておいて?今さら?


放置ではなかったということか。

この異様なほどの敏速な動き方。

彼女が行方不明になってから捜索の手を緩めていなかったようだ。

将軍自身が陣頭指揮を執るほど、必死に。

しかし3年もの間、発見できなかった。



彼女は魔力を封じていたとイチから聞いてはいたが、それでもサウスの網をくぐり抜けるなんて、ルシャさんはかなりのやり手だな。


「失礼ながら将軍、殿下の身元の真偽をどのようにお確かめになるのですか?

3年もたてば面差しが変わられることもあるかと」


「『光翼こうよくの授与』は神皇帝のみが行える御技みわざだ」

「つまり授与ができれば、それだけで皇女殿下に間違い無いと?」

「その通りだ」


光翼の目撃情報だけでシン・ラン殿下本人だと確信してるから、わざわざ将軍が来たわけか。


「ご本人からは記憶が曖昧な部分があると伺っております。安定して術を使えるような御状態にあるでしょうか?」


「貴殿がご心配なさることではない」


将軍はバッサリと言ったが、ほんの少しだけ将軍の苛立いらだちが見えたような気がした。



ふーん。

余計なことしゃべらずに、さっさと出せ、みたいな?

どうやらイラつくほど大切らしい。


マトハット将軍は『女帝と殿下』のどちらにつくのかな?

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