第79話 皇女と騎士の出会い

サウス帝国の調査団は到着し、ノーシア国王と謁見している頃だ。

調査団長が私が本物の皇女であるか身元確認をするだろう。

私の顔を知っているものが派遣されるはず。

帝国からは誰が来るだろうか?


ノーシア側の対応は戸惑い気味だ。

皇女ならが国賓だが、もしそうでなければ詐欺師を豪華な部屋に通して他国の嘲笑を浴びることになる。


与えられた衣装も貴族レベルではあるけれど、王族レベルではない。

ノーシアの女官たちが一応は世話を焼いてくれたので、調査団長に会える恰好にはなっている。


ピンクを基調にしたドレス。

首周りは細やかなレースとパールが配されていて、袖は七分で露出が少ない。

ドレスの裾はスカラップのレースが重ねられていてずいぶんかわいらしいデザインだ。


未婚の貴族が着るものだろう。


髪は結い上げられ、ドレスとおそろいのレースとパールの飾りもつけてくれている。いかにもノーシアのお嬢様っぽい。


帝国の衣装とは全然ちがうので肩がこる。

はぁ。

女官に気づかれないようにため息をついた。


もうルシャには戻れない。

鏡の中の自分を見て、覚悟を決めた。

私はシン・ラン・サウザン。



***



トントン。

ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」

落ち着いた低い声。


ドアを開け入ってきたのは、なんとイチだった。


「控えの間にご案内いたします」

聞いたことがない、よそ行きのイチの声。


まず寝癖がついていなかった。

いつもの無精ひげはなくなって、髪もこころなしか短くなり、きれいに整えられていた。


騎士の正装だろうか。黒い光沢のある生地で統一された軍服は銀の刺繍がふちに施されている。いつも汚い編み上げの軍靴を履いているのに、今日はピカピカの黒いブーツだ。

いつもの指なしの手袋ではなく、白さが際立つ上質な絹の手袋をしている。

揺れる銀糸の柄飾りがつけられているけど、刀だけはいつものイチだった。


別人。

ちょっと若く見える。


控えの間に行くまでの長い廊下、女官たちもついてくる。声をかけるわけにもいかない。もう会えないと思っていたのに、あっさり再会した。


私を見ても顔色一つ変えない。与えられた職務を冷静にこなす軍人様だ。

肩や胸に立派な階級章がついている。

御前試合で見かけたエニセイア司令官を思い出した。


第五魔法騎士軍を率いているわけだから、そこそこ偉い人ということを忘れていた。



少し前を歩くイチ。


大きな背中をおおうマントには、ノーシアの国旗が模されている。

いつもはちょっと猫背気味でドスドス歩いて先に行ってしまうのに、今日はドレスの私に合わせてなのか、かなりゆっくりと歩いてくれている。騎士の名に恥じない振舞い方。


まっすぐに伸びた背中はエリート騎士そのもの。

貴族って本当だったんだなと初めて素直に納得してしまった。



イチ・ヨナクニ・バーレント。

名前を聞いたとき、『バーレント』という家名には聞き覚えがあった。

死後もその名を大陸中にとどろかす悪魔使い、ハイド・バーレント。

『ノーシアの悪魔』と恐れられていた。

その名を知らない魔導士はいない。


しかし彼に息子がいるなんて知らなかった。

名門バーレント家の一員なのだろうと、その程度に考えていた。

ティア様からハイド・バーレントがイチの父親だと聞いた時は驚いた。


まさかこのガサツな人がハイド・バーレントの息子だなんて。

しかしイチは『自分はたまたま拾われた奴隷だ』と言っていた。

彼はハイド・バーレントの実子ではないようだ。



「こちらでございます」

控えの間につくと、イチがドアを開けうやうやしく頭を下げた。

自然なしぐさで私を先導したこの軍人は、私の知らない人のように見えた。


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