第77話 皇女の不安
シスターたちに本当の事情は話せない。
でもお別れの挨拶くらいは伝えたいという私に「彼らは何も知らないほうが幸せでしょう」とティア様は言った。
「そうだな。『急に記憶が戻って、危篤の家族のもとへ帰った』とでも伝えておきましょうか」
***
ティア様の対応は迅速だった。
私はすぐに王城に移され、警護という名の監視をつけられた。
一人になることは許されず、部屋の中にも常に女官がついている。
赤を基調とした国賓クラスのための部屋。重厚な調度品がそろえられている。
薔薇の花の豪華な、それでいて繊細な彫刻がほどこされた天蓋付きのベッドがひと際目を引く。
私はこんな場所にまた戻ってきてしまった。
まだ何の覚悟もできていないのに。
はめごろしになっている窓からそっと外を覗いてみた。
4つの塔からなる石造りの王城。
塔は楼閣でつながっており、城はシンメトリーな造りになっている。
城の周りには堀がめぐらされ、水をたたえていた。
北方の小国であったノーシアは常に周辺国の侵攻に脅かされていた。
籠城を考えて創建されたことがうかがえる。
「サウスの宮殿とはぜんぜん違うな」
私は一人つぶやいた。
サウス帝国の魔法網には、すでに感知されている。
きっとサウスの網どもが私を見張っているだろう。
思ったより早かった。逃げることはもうできない。
私は帝国に帰るしかない。
帰って何をなすべきか?
叔母上はどうして私を帰国させたいのだろう?
自分が皇帝になり、息子を皇太子につけていると聞いた。
先帝の子である私は皇太子の皇位を脅かす邪魔な存在になりかねない。
なぜ外交筋を使って私の生存を公に知らしめたのか?
公にせず、暗殺者を送ることもできたはず。
生きている私に会いたい理由でもあるのだろうか?
そんな優しい叔母上ではなかった。
私を何に使いたいのだろう。
外交的な政略結婚のコマ?
皇太子の妃だろうか?
私の魔力を孫に継がせたいのかも?
私のことは嫌っていた、そんなことさせるだろうか?
ともかく帰って確かめるしかない。いろいろなこと。
考えることが多くて目がさえてしまう。
明日には帝国の調査団が来るという。
早い。どう考えても早すぎる。
調査団の人選、行程や外交筋への根回し、全てを一日足らずで終えて迎えに来るなんてありえない。ずっと準備していたというのか?
偶然にサウスの商人たちが王都にいた?そんなの嘘だ。
叔母上は網を張り続けていたのだ。
私が消えた3年の間、諦めることなく。
女帝の恐ろしいまでの私に対する執着心。
寒気がした。
ストラウト総司令官付きのゲートマスターに連れられて、あっという間に王城に来た。
イチは一緒には来てくれなかった。当たり前か。
怒ってるのかな?もう会えないのかな?
彼の腕のたくましさを思い出して、なぜか急にさみしくなった。
初めて会った時は震えるほど怖かった人。
でも今は、なぜか彼にそばにいてほしいと思っている自分がいる。
いつも飄々としている彼にニヤリと笑ってほしかった。
軍人である彼のもとへ、ツケの取り立てに行ったのは情報が欲しい気持ちも正直あった。
でも無理に探る気なんてなかった。
何か偶然にでもサウスのことを漏れ聞けたら……くらいに思っていた。
イチにキスされたせいで彼の魔力を奪ってしまったことは、私自身も知らなかった自分の能力であり驚いた。
偶然の事件ではあるけれど。
私はなんて軽率だったのだろう。
3年間も逃げおおせたのだからと油断していたのだ。
軍と近づき過ぎた。距離を置くべきだったのに。
でも楽しかったの。みんなと一緒にいたかったの。
そんなルシャとしての気持ちが、どうしようもなく溢れ出してきて、私は胸が苦しくなった。
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