第53話 元、王太子殿下

「ストラウトのような若造に!いいように使われて!

腹が立たないのか!?エニセイア南方司令官!」

西方司令官のジェラーニ王弟殿下は、ずいぶん憤慨しているようだった。


まぁ王族のプライドもあるのだろう。

ジェラーニ・トード・ノーシア殿下の怒りも分からなくはない。

自分が王太子として40年近くも、兄である現王を支えてきたつもりなのだ。


つい最近生まれた王の長男に、王太子の座を奪われては腹も立つだろう。

だが法は法。

国の混乱を避けるため、それを守るのが大原則だ。


王太子を降ろされたジェラーニがプライドを満足させられる地位。

それはただ一つ、軍総司令官だったわけだが、その地位には30の若造が君臨している。


ジェラーニの不満は爆発寸前だ。


気持ちは分かる。

だがこの男は国王にも、総司令官にもなれない。

残念ながらそんな器ではない。


「私は法を守るのみです。」


どうやらマインティア・ストラウト総司令官を引きずり下ろすために、私を自分の勢力へ引きずり込みたいようだ。

私がマインティアに総司令官の座を取られ、悔しがっているとでも考えているのだろう。


「ローランド!君はそんなに勇気のない男だったのか!?」


やれやれ、自分の器の大きさを過信している男よりは遥かにましな男だと思うが。

この男をどうやって平和的にいさめるか、それとも死んでもらうか、私は思案していた。



「エニセイア南方司令官、国王陛下より伝令が来ています。」

エリック・ムース中佐が知らせにきた。


ちょうどよいタイミングだ。

「ああ、分かった。」


私のもとに来ていることを、国王陛下の伝令には知られたくないのだろう。


彼はおとなしく帰って行った。




***




俺は明るい所だと目がよく見えない。ガキの頃からそうだった。

だから夜に書類仕事を片づけることにしている。

夜はどうせ眠れない。

悪魔の声がうるさいからだ。

だから昼間に寝る。


真夜中過ぎに執務室から自分の部屋に戻ると、ティアがワインを飲んでいた。

俺が夜に起きていることを知っているから、こんな時間に来るのも珍しくない。


ワイングラスがもう一つ置いてあった。

自分で注ぐ。コイツの持ってくる酒は間違いなく美味い。


「イチ。最近さぁ、ジェラーニ王弟殿下が不審な動きをしてる。」

ティアがめずらしく真面目な声だ。


だが赤ワインが注がれたグラスを揺らすその仕草は、愉快そうにさえ見える。

どうやってジェラーニを料理してやろうか、残酷に考えているのだろう。


「どんな動きだ?」

ワインを一口飲んでみる。やっぱり美味い。


「自分の勢力を伸ばそうと必死だ。

王太子の座を奪われてキレたんだな。

エニセイア南方司令官のもとにも行っている。謀反を企んでいるようだ。」


「あの怖がりヤローに何ができる?」


「ジェラーニ殿下は確かに、怖がりの馬鹿だ。」


ティアは容赦がない。


「しかし、ジェラーニ殿下の妻の父はタカ派の重鎮、ラウドネ公爵だ。

公爵は馬鹿ではない。そこが心配だ。義理の息子が王になると思っていたんだ。

彼もそうとうイラついてる。


もともと国王陛下との兄弟仲は悪い。母親は違うしね。


王+ハト派 VS 王弟+タカ派


分かりやすい構図だ。


タカ派の貴族たちは王に軍の指揮権を集中させたいと目論んでいる。

愚かな急進派に軍は渡せない。」


「バカ殿下に誰がついて行く?」


「勝ったほうについて行く馬鹿は多い。

謀反は未然に防ぎたいが、ラウドネ公爵は尻尾を見せない。

ジェラーニ殿下がいる西方司令部に証拠を探しに行こうかな?」


「ティアー、オマエ顔が売れてるんだからさ。泥棒みたいな真似すんなよな。」


「泥棒じゃないさ。散歩だ。」

ティアはそう言って、上品に微笑んで見せた。

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