第2話 史上最悪な騎士のディープなキス(1)


「んんっッ…!!」荒々しく舌がねじ込まれてくる。

男は左手を私の頭の下に回し、右手で私の手首をつかんでいる。


何が!?

起こったのぉーーーー!!??


黒髪の男はさほど力を入れている感じもしないのに、私は身動きひとつとれない。

鍛えあげられた大人の男の体は、岩のように重く、息が苦しくて気が遠くなりそうになる。


高くなりかけた太陽の光がカーテンのない窓からさしこんでいる。そんな明るくて爽やかな時間に、なぜか私は筋肉モリモリの荒くれ男に無理やり唇をふさがれていた。



***



ある日の朝、バイト先の秘薬店に出勤すると、店主のドンドコおじさんが言った。


「ルシャちゃん!ツケ払いの回収に行ってきてー。」


回収先は「第五魔法騎士軍駐屯基地」だった。第五軍は通称第五ダイゴと呼ばれている。騎士とは名ばかりの人相の悪い荒くれ者集団という噂は私も知っていた。


うら若き17歳の乙女である私にとって、できれば行きたくないところ。


だけど「ツケを回収してきたら、バイトの時給を二倍にしてあげるよ!」とドンドコおじさんが言う。


二倍の魅力には逆らえないわ。

「誰のツケを回収するんですか?」

「イチ・ヨナクニ・バーレント大佐だ。大丈夫!人のいいダンナだよ。」


大佐さんかぁ。荒くれ者集団とはいえ士官クラスなら、お金は持ってるだろうし、大丈夫かな?


できるだけ真面目なカッコでいこう。私の髪は明るすぎる赤茶色で、軽い女の子に見られやすい。四角い黒縁メガネ、三つ編みのおさげ、地味目の長袖の服できめた私は、恐る恐る基地の門の前に立った。



ぱっと見からおかしい。


まず、門番がいない。普通、軍の基地には立派なカッコの門番がいるものだ。けど、誰もいない。どこに行けば良いのやらと周りを見渡し、一番大きな建物で尋ねることにした。


なんだかスパイシーないい匂いがする。どうやら食事を作ってるみたい。騎士のための寮かな?建物の裏口に回る。さすがに正面玄関から入る勇気はなかった。


ボロボロの扉をトントンとノックしてもなんの返事もない。仕方なく「すみま…せん…。」とドアを開けてみた。


そこは調理場でたくさんの野菜が山積みになっていた。白髪のおじいさんの後ろ姿が見える。忙しそうに特大フライパンを振って何かを炒めている。

「なんじゃ!?」振り返ったお爺さんの顔には斜めに大きな傷跡があった。迫力!


「あのっ!えっと!イチ・ヨナクニ・バーレント大佐様のお支払いの受け取りにきました!」


「昨日は給料日だったからな。今日、明日は帰ってこねぇよ。勝手に部屋に行って取ってきな!」


「えっ?勝手にお金を取るのは失礼……では……?」


「ワシゃ忙しいんじゃ!見てわからんのか!?取立て人は大佐の部屋から好きなだけ持って行けって、指示が出とる!」


なんかヤバい感じがしてきた。


「さっさと行け!!三階の端っこ!南側の部屋だ!」

お爺さんの気合いの入った大声に驚いて、私は奥の階段を駆け上った。


「はー、怖かった。」

荒くれ者集団の住む寮には入りたくなかったけど、仕方ない。人の姿は不思議とない。訓練でもしてるのかな?


階段や廊下は意外ときれいで、掃除が行き届いていた。三階の端の部屋に行くといかにも士官クラスの部屋という感じの大きなドアがある。他の部屋より広そうだ。


“コンコン”とノックしたけど、また返事はない。調理人のお爺さんの口ぶりでは留守っぽい感じだし。さっさとお金を回収させてもらおっと。


ドアは鍵がかかっておらず、あっけなくあいた。



開けた途端、タバコ臭い!酒臭い!

うっわ、何この部屋?


みると部屋の真ん中に、なぜか汚れた洗濯物が山盛りになっている。あまりの臭さにドアは開けたままにしておいて、私は金目の物を物色させてもらうことにした。


部屋を見渡す。しかし机の上には何もない。ベッドの上には枕どころか毛布もなく、洗いざらい持っていかれているようだった。部屋にはカーテンすら掛かっておらず、南向きの部屋には太陽の光が直にさしこんでかなり明るい。


清貧状態じゃない?これ?お金なんてころがってないし。


部屋の奥の扉付きの棚に一縷いちるの望みをかけて、私は足を踏み入れた。すると洗濯物の山がもぞっと動いた。


えっ?えーーーーー!?


よくみると洗濯物に黒髪の男が埋もれている。年は30くらいに見えた。ぐっちゃぐちゃの服の隙間から、裸の上半身が少しみえている。たくましい筋肉だけど傷だらけだ。死んだように眠っていて、寝息にも気が付かなかった。


びっくりしたー。


この人がバーレント大佐だろうか?起こしてお金もらおうかな?でも髪はボサボサ、無精ひげのオジサンを起こす勇気が出ない。


ここは出直そう。そう考えてそーっと部屋を後にしようとしたとき、男はまぶしそうに私を見た。まずい!すごく眠そうでまぶたが半分しか開いてない。


「あー?んー?ちょうどいい。」


“え?何がですか?”と聞こうとした瞬間、男は私の腕をつかみ、グイッと引き倒した。凄い力。汚れた洗濯物の上で、私は男にのしかかられ、あっという間に無理やり唇をふさがれた。


何が?

起ったの!!!!!??????

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