第4話


―――


 それからきっかり五分後に、赤江さんは現れた。そしてそのまま乱暴に腕を引っ張られながら店を出て、近くの路地裏まで来た。


「赤江さん、早く言って下さい。もう覚悟は出来てます。」

 そう言うと、私は目を瞑った。目の前の赤江さんがゆっくり動く気配がする。更にぎゅっと目に力を入れた。

「え……?」

 首筋に冷たい感触と、赤江さんの気配がする。私はパッと目を開けて、首の辺りを触った。

「……ネックレス?しかも何かこの形……」

「百合の花だ。もうすぐアレだからな。一応…何だ、その……」

「もしかして…プレゼント?」

 私の言葉に照れているのか、ふて腐れたような顔をする。そして小さく頷いた。


「ウソ…もしかしてもうすぐ付き合って一年の記念日だから?」

 また小さく頷く彼。私はもう一度それに触った。


 もうすぐ私達が付き合って一年になる。

 赤江さんとの記念日は大事にしたかったけど、当の本人はそんなの興味ないと思っていたから、何も言ってなかった。それにここ最近はそれどころじゃなかったし正直忘れていた。私は呆然と彼を見た。


「お前は勘違いをしてる。紫織と一緒にいたのは、お前へのプレゼントの事で相談にのってもらってただけだ。青依にも聞いたけど全然使い物にならんしな。」

 苦笑混じりにそう言う赤江さんが、私の首で輝いてるネックレスに手を伸ばす。思わず首を竦めた。


「鏡がないからよくわからんだろうが、似合ってるぞ。」

「……赤江さん。」

「俺への疑惑は晴れたか?」

 ネックレスから手を離して面白そうに私を見てくる赤江さんに、我に返った私はその場で頭を下げた。

「ごめんなさい!あの私…勘違いをしてたみたいで……」

「『みたい』じゃない、勘違い以外の何物でもない。……がっかりだ。」

「あ……」

 一瞬のうちに表情が変わり、冷たい鋭い視線が私を射ぬく。背筋が凍っていくのがわかり、私は彼にすがりついた。

「ごめんなさい!貴方を信じられなくて……」

「もういい。」

「……え?」

 少し冷たい声音に慌てて顔を上げると、珍しく微笑んだ表情で私を見る目と目が合った。

「しょうがない、許してやる。」

「……赤江さん。」

「ちょっと前の俺なら『だから女なんか……』と文句を言って心を閉ざしていただろう。でも相手がお前だから、俺はこうして笑っていられる。」

 言葉の途中から涙が出てくる。


「ホントに許してくれる?」

「あぁ。」

「もう怒ってない?」

「そう言ってる。」

「でもっ……」

「あぁ~うるさい!」

 うじうじ言ってた私に腹が立ったのだろう。怒鳴りながら近付いてきた赤江さんは、私の首にかかっていたネックレスに指を引っ掛けてぐいっと引き寄せた。


『あぁ…壊れないかな……』

 そんな事を思っていた私の唇に、温かいものが触れた。


「壊れるかと思いましたよ。」

「そんな簡単に壊れるか。」

「ふふ。赤江さん、ありがとう。早く帰って、鏡見ないとね。」

 そう言うと赤江さんはすごく優しい顔で笑った。そしてどちらからともなく、歩き始めた。


 夜空には曇っているのか星は見えなかったけど、私の首に光る百合の花だけがキラキラ輝いている。


 私は自然と繋がれた二人の手を眺めながら、今度薔薇のブローチでも贈ろうと思った。



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百合の花は星空の下で輝く @horirincomic

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