二十二

 しばらくして、崖があった。その下を大蛇と少年は歩いていく。しばらくすればそこにぽっかりと開いた洞穴が見つかり、白蛇は一瞬そこの前でためらうように止まったが、進んでいく。明下もそれに従う。

 どんどん光が無くなっていく。いや、届かなくなっていく。自分はこの前ここにいて、何かをしていた。全く覚えていないが、嫌なことを杉嵩にしていたということは確かだった。

 次第に天井が高くなっていく。隣の白い身体が前から止まり、そして後ろの胴を引き寄せていく。だが彼の頭が見えないために足を進めていく。

「かといって俺達が常に傍にいるわけにもいかないだろう!」

 怒鳴り声が穴全体に木霊した。あの獣の声だろうか、誰かと話している。おそらくは涛を運ぶときに少しだけ見たあの大きいのであろう。

「だからといって奴らにあれをやってやる理由もない!」

 闇の中で獣と竜が、その先に睨み合っていた。蒼い目と黄金の目の間に何かが散っているような気がした。今にも互いに、喰らいつきそうな獣と竜がいる。それをなだめるように、たったいま現れた白蛇が言う。

「落ち着け。ならば本人が決めるべきだろう?幸い本人がここにいる。おまえたちが決めることではなかろうて」

 二匹はぎっと少年を見た。その視線はある意味、敵意を示しているように意見を求めていた。だが本人には話が分からないのではあるが。

「あ、あの、何の話を、してたん、です、か?」

 白蛇は二匹の会話の内容をすでに知っているようだったが、分からないのでそう尋ねてみると岩壁が震えそうな声を上げる。

「こいつが!貴様に乗り移った魂を餓鬼に渡さないためにと!誰かが共にいろというのだ!俺はそんな暇もないな!」

 獣が舌で牙を舐める。一方それを、竜も獣と同じことをする。

「この獣が!貴様のような奴に己の身を守れるようになるべきだというのだ!それとも貴様が涛のように強くなれるとでも言うのか!」

 こうして見ると両方ともまさしく獣のようで、己の意見を通そうとする、人間のようでもある。あと自分が責められているようで、明下は思わず上目遣いで後ずさるが背中に何かがぶつかる。それは白い鱗のある胴。

「逃げるな。答えを出せ」

 二匹の視線の中、考える。だが、その前に分からない。

「あの、ですから何の、話を…?」

 よく分からないことだらけの中、そう尋ねても、二匹は聞こえていないとばかりに、また睨み合いをはじめた。これではどうしようもない。だが代わりに白蛇がため息をついて説明する。

「おまえの今後について、こいつらはケンカしているのだ。おまえが操られていた際、乗り移っていた餓鬼が宝珠を使った。それの力のみがおまえの中に残っているのだ。だから今、おまえは我らが見れる。だがおまえはそれを内側に保持しているだけだ。殺されればうばわれる可能性が高い。我らは興味がないのだが、他のやつらがおまえを狙うと、な。だからおまえは、自分自身をどうにかして守るのか、誰かに守ってほしいのか、選べということだ」

 となりの赤を見ると、何も表情のない顔がどこか無責任に見えた。

 そんなのは全く知らない。力とか、そんなもの。僕は、ただ杉嵩と一緒にいて、暮らしたかった。

 明下がうつむくと同時に、敵意の向こうでむくりと何かが起き上がった。

「あぁー!お前らうるせぇ!」

 びくりと聞き覚えある声に明下が反応するが、足の反動で起き上がった涛は彼には気づかない。

「安眠妨害だ!寝ろっつったのはお前らだろうがよ!」

 怒声が闇に響く。それに聴覚がおかしくなったようで、白蛇の頻繁に動かしていた頭が止まる。遮詠も真ん中の頭も彼に口先を向ける。

「部外者が口を挟むな!」

 刀も持たずに、彼はすたすたと二匹の間に割って入り、両者からの視線を感じながらも両手を握り締め、振り上げた。


 その後、機嫌の悪い涛に静められた二匹は黙っていた。恐れているようにも見え、今は明下の返答を待って彼を見ている。一方の涛は刀を握って白蛇の首にまたがって、そこから見下ろしながら明下の答えを待っている。が、今にも寝むりそうだ。

「…僕は、その、自分で頑張りたい…です」

 そんな弱々しい彼の決断は、もう誰にも迷惑をかけたくない、それだけだった。

 この前はなんだかよく分からなかったが、涛が死に掛けてしまった。それより前も、きっと迷惑を誰かにかけていたはずだった。親にも、人外の彼らにも。

「だ、そうだ。異論はないな?遮詠」

 白蛇が遮詠を見れば少しだけ眉間にしわを寄せ、上を見れば笑っている主頭がいる。

「本人が望んだならそれでいい」

 遮詠は、いやそうだ。

「白蛇、話、まとまったんなら帰ろうぜ」

 眠いはずの涛は、明下にはかけない明るい声をかける。白蛇はそれに従い頭を後ろへ向け、蛇行しはじめる。

 それに少年もついていく。獣と巨竜はそれを見送るだけだった。


 降りていく際、白蛇の長い身体の首に乗っている涛よりも、少しだけ後ろで明下は足元に注意を払いながら歩いていた。

 涛は揺れる身体を器用に保ちながら明下にぼんやりと呟いた。

「おまえ、やれんのか?」

 面を上げて彼の背中を見つめた明下はきょとんとした顔で、え、と声をあげる。

「何を?」

「…なんだよ、頑張りたいとか言ってたくせに」

 蛇にまたがる少年が振り返って、二人が互いを見る。驚きとやるけなさ。

「涛、応援でもしたいのか?どちらにしようが、人間は貧弱だがな」

 自分の下からの声に、少年の足が鱗の身体をかかとで小突く。

「応援とか、ばかいうなよ」

 ふい、ともとの方向に向き直る。そんなやりとりに白蛇は笑いたくなる。

(自分の心に気づかぬものか。これからどうするか楽しみだ)

 それを押し殺し、蛇は自分が、二人の人間の子を見ているような気がしたが、特に気にすることもなかった。人間について、もう少し見直してやろうとも感じた。だから、楽しみだと言った。

「応援?嬉しいな」

 明下は笑って答えた。だが、ばか言うな、ともう一言だけが返された。

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