十七

 目が覚めるとなぜか透き通りそうな晴天が遥かかなたにあった

これが天国、か

 なんとなくそう思った。結構疲れてしまったような気がする

 ずっしりと重い身体を持ち上げて座ってみる。草原だけの世界だ

「死んだ者は天国か地獄に落ちるというやつか。とんだ迷信だな」

 ふと、誰かの言葉が頭の中に

「意志というものは精神、魂だ。それの宿る器がなくなればそれは消滅する」

 誰の声だ、そして何のことだ

「故に天も地もない。だが怨念が集まるのは地の底だ」

 誰の声だっだろうか、いったい、誰

「怨念は精神でも魂でもなく、負の感情が何かに集められ、固まったもの」

「仮に天があるとすればそれは無だな」

 そして次は、これまでとは違う懐かしいような声。頭の奥底に眠った声

「地の底への入り口は大きな化け物が守っている」

 化け物…だったか?あれは

「そうして秘密を守っているんだよ」

 守っているのは人間にだけ対してじゃなかった。同類の者たちもだった

 それに秘密って、何

「その化け物の手下がたくさんいるから」

 いや、いなかった。自由に生きていた

「化け物たちは人間が大好きなんだよ」

 ああ。たしかに大好きなようだった。いい意味でも、そうではない意味でも

「食べてるみたいに大好きなんだ」

 けどそれはそれぞれの差がある。追う者もいればないものもいる

 草原の、景色が、崩れる


◆  ◆  ◆


 意識が少しずつ覚めていく。なぜか全身の痛みと、背中の硬い感触が気になった。

 昨日の夜、眠ってそれから、今起きた。目を開くと暗い。なんとか見えたが、おそらく岩でできた天井のようだ。

「白大蛇、そいつが、死んだら丁寧に埋葬してくれ、と」

 知らない声が聞こえた。なんだか恐ろしい声だ。思わず全身がこおる。目は開いたままではあったが。

「死んだら、か。まだまだそいつは死ぬような奴ではない、と我は信じたいな」

 新たに聞こえた、こちらも同じくらい恐ろしい。そして近づいて来ているのか、頭の上から聞こえる声が大きくなる。

「あいつは同族の人間についてまだ何も知らん。みにくさしか知らん。まだこいつのような友がいるというのに」

 自分の上から目の前に白が見えて、鱗だらけの蛇腹が見えたので巨大な白蛇だと分かる。おそらく、見えているのは顎。そして、首が曲げられた。

(ひっ…)

 真っ赤な目と出入りしている舌が、こちらを向いた。全身がじっとりと濡れる。まさか、まさか…!

「こいつ、目が覚めているな」

(ばれた…)

 目が開いているので当然といえば当然なのだが、巨大で恐ろしい。それに、この声の主はこの蛇らしい。

「明下幸。おまえは杉嵩涛のことを友だと思っているのか?」

 思っている。と言いたいが言葉にできるはずがなかった。全身が固まっている。それに、彼は友達だとは思っていない。

「友は、おまえの足先にいる。死ぬのを見たくなければ、運ぶがいい。見殺しでも我はかまわんぞ?」

 友というのはどの友だか知らないが、それは、いやだ。

「涛は、生きようとするか?」

 蛇ではない声が友達の名前を呟いた。


◆  ◆  ◆


「我は少し暗い気が欲しかっただけだ」

 白蛇ぁー、何してんだよ

「えっとね、あんたの名前は何?」

 杉嵩涛

「あいつが頼むからこうなのだとは思ったが…」

 白蛇が頼んだって、どういうことだよ

「あまり人間は信用ならんが、仕方ない」

 だったらそんなこと言うなって

「ねえ、一緒に行こうよ」

 どこへだよ。どこへ行けと

「生きたいって思ったんだよな」

 あの時、なぜ、だったっけ

「怖い、怖い」

 そんなもんか

 目の前に湾曲している鉄がある。闇の上にぽつりと。

 これは、なんだったけ

「涛、おばあちゃんたちがお金をくれるから、それで暮らしなさい」

 暮らす…あの人のお金を頼ってあの人と…

 いやだった もう誰にも頼りたくなかった

 だから残ってこれで、生きるために

死にたく、ない

 そう、なぜか、死にたくても、死ぬわけにはいかなかった


◆  ◆  ◆


 囲炉裏の前に横たわる涛と、男、少年の足元に明下がいた。

「これで大丈夫だと思うけど、あとはこの子次第だね」

 涛の家にいた男が、涛の家にあった救急箱を片付けて明下を見やった。それから明下が周囲を気にしているようにおどおどとし、そしてたまに横になっている少年をみやって残念そうな顔をする。

「はい…あり…う…います」

 言葉にならない小さな声を男に向けて、次は俯く。

「それにしても、どうしたんだい?傷を負ったこの子をつれてくるなんて。何かあったの?」

「あの…僕が…その、いけなかったんです」

 相変わらず小さな声。男はこの子の友達に追求をしようとは思わなかった。こんな子がこんなことをするとは思えないからだ。だが最近は物騒で、犯罪がよくあるため断定はできないが。

「そう。この子、ね。ずっと寂しいって思ってたんだと思うよ。何をしても、結局自分を傷つけてしまう。帰ってくる。だから、いっそのこと傷つけられる誰かとの関係を絶ってしまえばいい、そう思って学校とかに行かないし、それに近所の人から聞いたけど、話がなりたっているような独り言、言うんだって?だったら、きっと人間じゃない友達、信用できる誰かがいるってことだろうね。僕もそんな友達がいて、僕だけが友達だったよ」

 箱を涛の枕元に置きながらそう、経験を話した。

「信用できる…か。我らがな」

 明下の後ろの板の壁の向こうから聞こえる、白大蛇の声。ここまでついてきてしまっている。彼が落ち着かないのはそれのせいだ。さきほどからずっと、圧迫をかけられているような気がする。またその道中、巨大な鳥にも会って、それからも圧迫感を受ける。その目が右手にある硝子のない窓から覗いてきている。

「杉高は、その、学校に来てたんですよ。初めは。それで、いつの間にか僕だけになって、その頃にはもういなかった。こなかったんです。それでここへ来てもちょっと話すくらいとか、いなかったりとかでして。それに、僕のせいで…。この前、学校でもらったものを届けに来たんですけど、いらないってふうに、いつ殺されるか分からない怖さ、とかそんなこと言ってたんです。どういうことなんでしょうね」

 うーん、と男が腕を組んでうつむき、呻った。意外と冗談だと考えている訳ではなさそうだった。数秒して頭を上げ、もしかして、と言って続けた。

「さっき言った人間じゃない、誰かがいるってことじゃない?だったら友達と似てるかな。僕の友達にもそんな子がいてさ、独り言のような、会話をしてたよ。だったら殺されない怖さっていうのは、人間じゃなくて友達でもない子のこと言ってるんじゃないかな」

 それならば、納得いかなくもない。なぜか、今見えているこの『何か』たちのことがその、彼の友達だというならば。


◆  ◆  ◆


 闇が、晴れた。代わりに現れたのは、一つの人型の布団とその近くにいる子供。つまり母親と自分、杉嵩美知、杉嵩涛。

…うっ…

 泣いている

 霧のように掻き消えた。

代わりに膝をすりむいて痛みに泣いている杉嵩涛がいた

 その向こうから、白い大蛇が姿を現した

 白い大蛇、白大蛇――白蛇

「聞いているのか、名をなんという」

 思えば、こけて泣いて、喰われかけて泣いた

 霧散した。代わりに見覚えある穴の中

 奥に五つの首と頭を持つ竜と、なぜか後ろに巨大な鷹がいる。その後ろには自分の家。

「そんなことしてんだったら私たちみたいに生きればいいでしょ?」

 霧と呼ばれていた、リム

「子供?聞いているのか?」

 己


 なんか、あまり経ってないはずだが

 帰りたいし いきてえな 謝り、たい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る