十四
「餓鬼の団結…か」
まだ眠っている竜のうちの、唯一目が覚めている真ん中の頭が呟いた。遮詠は、隣かどうかは分からないが、涛の近くで話を聞いていた。
「餓鬼の考えは一切分からんからな。鳳玉の紛失、人の子の行方不明、餓鬼の団結。予想していた通り、餓鬼が関係していそうだな」
とはいっても、と続けるが、その先は言わない。だが彼らは分かった。大したことはないだろう、だ。
「で、どうすんだよ。手伝えって言うなら手伝ってやるけど」
涛が刀を持ったまま岩壁にもたれながら座りながら二匹に尋ねる。
「手伝う、な。おまえが頼りになるのか?その人の子を身代わりにされるかもしれないぞ?そうとなればいい迷惑だ」
涛の奥深くではある思いが渦を巻いている。それを知らずに彼本人はいて、遮詠は見通してあざわらうように述べた。少年にとっては唯一無二といえる存在だ。できれば、絶対に失いたくないものだ。
大切なものは、大切なときに大切だとは感じない。そして失ったりしたとき、ようやくそれに気づく。かけがえのない存在だったと。その当人はそれに気づいていない。だからいざというときに役立たずともなりうる。
「別に俺だって、あいつなんて、どうでもいいんだよ」
言った。はっきりと冷たく、気づいていないということを。認め、言った。遮詠は見えていないことをいいことに、はっきりとあざけ笑う。
「くっくっ……」
どこにいるのか分からないので、正面を向いたまま宙を睨む。もっともそちらに彼はいた。
「何笑ってんだよ」
「いや?…そこまでいうなら明日からここへと来い。後で白大蛇と海の霧にも伝えておく」
その直後、たったっと地を蹴る音が響き、目の前から外へと移動していく。吹くはずもない風が洞穴の外へとさっと吹き抜ける。聞こえなくなった後、見上げて、
「なあ、あいつ行ったのか?」
と聞けば重々しいように頷く。
「少ししたら戻ってくるだろうな。ところで、今日はこのままここにいるのか?」
涛は少し思い悩み、ここにとどまろうと決める。男には悪いが、いつ来るかが分からないのだから。
その頃、白蛇は絶景の崖の下で陽に当たっていた。たまにはと、のんびりしていたのだった。幸い餓鬼の方から襲ってくる様子もないので、うとうととしている。だがそれもつかの間。
この前と同じように遮詠が木々の間から現れた。何かと思い、右目だけで確認するが害をなさない者だと知ったため再び眠ろうとした。
「白大蛇、起きろ」
が、どうも急いでいるような起こし方なので、仕方なくそちらに鼻先を向けた。相変わらず鋭い視線が彼に刺さる。
「何用だ?餓鬼でも襲ってきたか」
自らの背中に首を乗せて妖獣に問うと、慌ててはないが、深刻である回答がくる。
「あの子供の友が姿を消した。もしかしたら近いうち餓鬼があっちの開放を狙うかもしれない。協力を頼みたいだけだ。あいつもその友はどうでもいいと言った。だが白大蛇、あれとそれの関係はその程度ではないのだろう?」
少し悟ったような遮詠は、子供とそれのいう友との関係について知りたいのであろう。何かを見抜いたのだと白蛇は察したので、知っていることをのんびり話し始めた。
「……人間はおのれに害がなければ、なんでもやってのけるような連中だ。その矛先があいつにも向けられた。それから守ってくれるよう頼んだが、すぐにそれはなくなり、傷は深くなっていった。その場へと行くことを止め、唯一あいつの味方をしたのがそいつだ。名を明下幸。だが裏切ったのもそいつ。そいつが動いても涛には無意味だが、少なからずあいつのより所になっていたことには違いなかろうな。いささか心配しているが、結局我らは何もできん。だったらできることをしようではないか」
彼らにできること、それはせめて涛という少年に対して明下という子供を助けてやる、という意味で白蛇は言ったつもりだったが、どう遮詠に伝わったかは分からなかった。だが白蛇はそれ以上言うことがなかったため、またのんびりとすることにした。
だが、なぜしてやる必要があるのだ、とも自身に問いかけた。
「おまえはこっちに来ないのか?」
遮詠が洞穴に来ようとしない白大蛇に不満気に訊くと、それに納得がいくような、いかないような複雑な視線を向けながら、説明を承知する。
「霧はどこだ?」
そのまま彼女の行方を訊くが、聞くまでもなかった。直後、木々もろとも全てを吹き飛ばせそうな風が吹いた。リムが白蛇よりいくらか離れた場所に着地しようと枝を何本も折りながら森に突っ込む。翼をたたみながら枝葉を折り取る姿が跳ねてくる。と同時に首を傾げながら遮詠に歩み寄る。
「霧って言わないでって、言ってるでしょ?」
いつもの不満を申し出て、何かあったの、と続ける。遮詠がいるということはいつも何かがあると知ってのこと。
「鳳玉、涛という子供の友が消え、餓鬼が団結した。これは何かが起こるだとしかとれない。それで協力を求めようとな」
「別にいいわよ。ここがあいつらのものになるなんて嫌だしね。で、私は何をすればいいの?」
すんなりと承知にしたリムが、次の仕事が来るのを待っているように目を僅かにだが輝かせる。何か退屈だったのだろうか。それを見て遮詠が思わず白蛇を見やる。彼はこういう視線が苦手であり、言いづらくなる。
「白大蛇の予想では、おまえたちに何かが来るかもしれないそうだ。ならそいつらの相手をしろ。――逃がすなよ」
遮詠の念を押した言葉を受け止めたリムは、獣が去った後、蛇と互いに顔を見合わせる。その表情は硬いものだが、目には何かしらの意思があるものだ。
「どんな予想したのよ」
鷹の目には呆れがまざっていた。だが蛇の予想はいつも的を射ているので一応聞いておく。
「色々、な。餓鬼のつれがこちらへ来るかもしれん、ということしか伝えてない」
「じゃあ他には?」
「あやつに言ってはないが、おそらく餓鬼以外が我らに差し向けられる、と思わなくもない。一途な餓鬼にとって人間は感情の揺れるひ弱な存在だ。だったら明下を人質にして攻めるのだろうな。己が殺そうとするだろうが涛が止める。遮詠さえもな。だったら餓鬼は好き放題だ。やつらはたちが悪い。だったら少しでも楽しめるよう、強い奴は我らを邪魔させないように、そしておのれはゆっくりと楽しむ。我らよりも残虐にな」
そこまで言って白蛇は草地に頭を下ろしてリムの息遣いを聞いていた。微かで、だがまだまだ衰えそうにない吐息を。
「だったら、私も離れといた方がよさそうね」
そう言い残して再び妖鳥が飛び立った。しばらく風にあおられる白蛇の目に枯葉が擦れるが、そんなものでは傷ひとつつかない。
「はてさて、いつ来るのやら……」
白蛇は再び眠るように体勢を崩して身に陽を当てていた。それは彼の一時の休息であった。その合間にも、自分の言った言葉に疑問を持ち続ける。杉嵩涛という人間と、その裏切り者の明下幸へも。
涛はいつかの日と同じように穴の中で眠っていた。その傍らには己と遮詠が互いに見下ろして、見上げ、見詰め合っている。
「この子供は絶対にあれを殺せないだろうな」
遮詠の尾が少しのいきどおりに揺れ動く。別に構わないがそいつだけは殺すな、と言われても無理な話だった。
「だったら、こいつが何とかするということだろう?それでもしこいつが死んだら、もうすぐにやってしまえばいいだろう」
それもそうか、と獣は納得して、もう眠ろうと決める。地面に身体を横たえて力を抜く。
「……裏切ったのも、そいつ、か」
何もかもが幸せだった
そう あの頃は
あの頃の どんなものかは知らないが
笑顔は宝物だった
それがなくなれば
あとは裏切り者への…
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