03.ブルーベリーチーズケーキ

――前日。


「ブルーベリーチーズケーキを御所望です」

 鏡マイコが独り言のように呟いた。

「ん、なに?」

「ブルーベリーチーズケーキを御所望なんです」

「え。誰が?」

「わたしが。ブルーベリー。チーズケーキを。御所望。です」

 マイコは言葉を短く区切りながら言う。幼い声の彼女の場合、そういったしゃべり方をすると、熱意のなさがしみじみと伝わってくるような波長となって周囲に響く。

 机の上の作業が一段落した十文字ミコは、マイコに振り向くと、「どうでもいいけど、敬語の使い方、たぶん間違ってると思うよ」と言った。マイコは椅子の背もたれに器用なバランスで体重をかけて、四本の足のうち、二本を宙に浮かせたまま座っている。頭や脚を前後に投げ出すような姿勢で、ゆらゆら小さく揺れている。

「ところで、全然関係ないんだけど、ラブレターって書いたことある?」

 いきなり話題を変えたのは、ミコだった。

「ないよ。いや、あったかも。なんか小学生の時に書いた気がする」

「あたし今ね、ラブレター書くからさ、なんかアドバイスあったら言ってね」

 ミコは鼻息を荒げて胸の前で腕を振るジェスチャアをした。水木しげるキャラの物真似のつもりだったが、マイコは無反応だったので、伝わらなかったのかもしれない。

「あれ」マイコは疑問の声をあげるとともに、椅子の上で揺れるのやめた。体重を前に倒して、椅子から降りて立ち上がり、ミコのいる机に近づいていく。

 夕暮れの中学校の教室に、生徒は彼女たち二人しかいない。窓からさす夕陽の光が、ミコの机を赤く幻想的に照らしている。そこにはA4サイズのタブレット式のホログラムペーパーが広げられ、さらにその上に原色で彩られた人形がいくつかおかれている。白雪姫に登場するような小人たちを思わせる造形だが、青や紫といった原色で雑に彩色された小人人形は、ファンシーやファンタジーという言葉からは遠く、単純にグロテスクだった。

 マイコは特に、背を曲げて屈んだ姿勢の、濃い赤の混じったピンクの小人が不気味に思えた。べちゃっとした肉片を想起させる造形だ。

「ミコがさっきからせっせと準備してた、これって」マイコは机の上を指さしながら、確認する。「コックリさんの準備だよね?」

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