第7話 踏みつけられたあとは

 あしあとが残っている



 パシャ


 死ぬ瞬間って走馬灯が見えるっていうじゃない?それで私はいろんなことを忘れていたことに気づいた。こんなこと、あんなことあったなあって。大災害でいろんなものや人がはちゃめちゃになったこと。雨に打たれた日。失恋したままぬかるんだ地面にのまれそうになったり。黒猫と過ごした日々。


 その猫がね、仕事してると手にじゃれて、キーボード踏みつけてるのさ。怒ったよ、仕事してたから。動物好きのあの人と結婚したのもあの子のおかげ。急に外に飛び出してそのまま。一生懸命探したけどいなくて帰ってきたら玄関のマットにあしあとが残ってた。今度は家の中探したけど見つからなくて、また外に出たんだってショックだった。外にエサなんてないじゃない、虫や鳥はもうすぐいなくなるんだってよ。そう思った記憶とか。


 いやいや、死ぬわけじゃないよ。だけどなぜか知らないけどいろんな記憶が戻ってきて、涙を流した。歳のせいかなあ。愛するこどもたちやあの人や、クロちゃん。いろんな顔が浮かんでくる。シャッター音がする。こんなみっともないところ撮らないで。パシャパシャって水の音かな。雨が降ってるのか。寒いのはこのせいだったのね。


 寒くなると雨は雪になる。そんなのが当たり前じゃなくなって、雪はついに降らなくなった。暑い日の方が多かったし、急に寒くなるの辛いなあ。


 ねぇクロちゃん

 こっちにおいで

 寒かったでしょ

 はやく一緒にあったまろう


 ねぇ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶を踏みつけて愛に近づく 新吉 @bottiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説