第5話 酒は社交の潤滑油

 有り難くハンバーガーのフルコースを堪能してから、ビーは無輪ジェットの整備に戻った。隅から隅までバラして磨いて調整して……をやろうと思ったら、時間はいくらあっても足りないのだ。


 が、


「あんたが睡眠不足で船に戻ったらオレがどうなると思う?」

「……准将にボコられる?」

「惜しいな。拷問の末半殺しだ。」


 と、言うわけで日が暮れて暫くしてから、ビーは再度ティーチに担がれガレージを後にする事になった。


 但し、バラした部品はしっかり元の部位に戻すまで待たせた。そこは譲らなかった。この素晴らしい機体にぽっかり穴開けたまま一晩放置とか、言語道断である。



「っていうか、流石にもう自分で歩くけど。」

「ノリだ。気にすんな。」

「はぁ……」


 なんか楽しそうだなコイツ、と、ビーは担がれて運ばれながら思った。


 ◆◆◆


 もう時間も遅かったが、ちゃんと食わさないと准将に(以下略)という事で、軽い夕食をご馳走になり、晩酌まで振舞われた。


 っつーかこれに付き合わせたかっただけなんじゃ……とビーは勘ぐったが、『治療』の事もあり、アルコールとは縁遠い生活が長い。誘惑に抗う気は無かった。



「へぇ!あんた准将のダチの甥っ子なのか!」

「あぁ。あのジェットも、元々叔父貴のモンだぜ。逝く前にアイツに譲ったらしい。」

「へぇー!!」


 久し振りに飲めば酔いも早いだろうという事で、ビーは一本だけと断ってビール瓶を受け取った。それをちびちび飲みながら、ローテーブルを囲うソファーにそれぞれ横になって、会話に花を咲かせる。あのジェットの元持ち主と言う事で、会った事もない故人に対して一気に親近感が湧いた。同時にその甥であるティーチに対しても。


「あんた、あれ軍用モデルだぜ。一般じゃ手に入らねーの知ってるか?」

「知らねぇよ。オレは詳しくねぇんだ。まぁ、叔父貴は空挺軍入る前は他国で傭兵やってたらしいから、そのツテだろ。」

「なるほどー……」


 准将が、その形見を随分と大切にしている人物。俄然興味も湧いてくる。


「どんな人だったんだ?」

「どんなって……まぁ、陽気な人だったな。」

「陽気……」

「あぁ。まぁ、軍でどうだったかは知らねーけど。底抜けで明るい印象しかねぇなオレには。ジェイはウザくて堪んねぇつってたけど。」


 コイツは准将の事を「ジェイ」と呼ぶのか、と、ビーは気付いた。そう言えばファースト・ネームは「ジェイスン」だったな、と納得する。ヴァース、なんてセカンド・ネームの愛称を使っているのは、きっと自分の親友一同くらいなのだろう。


「なんでもジェイと本気で殴り合って引き分けたらしいぜ。バケモンだろ。ははっ!」

「マジか……」


 あの准将と互角……それは凄まじい。



「……叔父貴が死んで、結構すぐだったな。アイツがジェット取りに来たのよ。」


 当時はオレが預かっていたから、と、ティーチは少しの間の後に懐かしむように語り出した。


「マジでビビったぜ。グラサン掛けたイカちぃマッチョがいきなり訪ねてくるんだからな。今の方が爽やかだぜアイツ。」


 ヴァースは若くして艦長の座に就いたが為に、少しでも貫禄が出るように必要以上に筋肉をつけて、髭も生やして、と、色々苦労をしたという事は、ビーも以前聞いたことがあった。それはさぞかし威圧感のあった事だろう。


「あのジェットの操作権限持ってなければ信じなかったぜ。そんでジェット渡して数ヶ月して、飲み屋でまたまたままた会った時は更にビビったぜ?見る影もないほど痩せこけて、おまけに薬漬けになってたからな。あのジェットが無きゃ気づかなかった。」

「え……」


 意外な話の展開に、ビーは思わず呆気にとられた。


 薬漬け?あの准将が?


「何があったか知らねぇが、相当参ってたな。まぁ、ジェット取りに来た時も只ならねぇ雰囲気だったけど……。叔父貴の事で何かあったんじゃねぇかって、ほっとくわけにも行かなかったからな。何とかこの場所まで付き添って帰らせて、薬抜く為に監禁したわけよ。」

「か……」


 監禁……。ビーは更に言葉を無くす。酒が入って饒舌になったのか、ティーチは構わず語り続けた。


「医者に見せても本人が協力しそうになかったからな。大変だったぜ?同時に取り上げたら発狂するから、酒は少しずつ減らしてな。代わりに女連れて来てやって気ぃ紛らわしてやったり。酷い時は力尽く、だ。」

「……そんなずっと、付きっ切りだったのか?」

「そうだな。当時、叔父貴は独り身だったんで、その金がオレに来てたのよ。オレは仕事辞めて、フラフラしてた訳さ。不幸中の幸いってやつか。」


 ティーチは笑いながら、ウイスキーの中の氷を揺らしてからグラスを傾けた。何も言えないでいるビーをよそに、ティーチはまた続ける。


「……オレの親父はオレがちっせー頃に居なくなってる。」


 急に変わった話に、ビーは少し困惑したが、何も言わなかった。


「お袋は……叔父貴の妹な?酒がやめらんなくてな。薬もやってた。それでも随分頑張ってたが、早いうちに亡くなった。」


 あぁそうか。と、繋がった話にビーは納得する。


「妹は生まれつき身体が弱くて……ずっと叔父貴が援助しててくれたんだがな。叔父貴が逝って暫くして、か。亡くなったのは。」


 カラリ、とグラスの中の氷が音を立てる。ティーチはそれを弄ぶように揺らして、自嘲気味な笑みを浮かべながら言った。


「まぁ、ぼっちのオレにゃーやる事も無くて、暇してたからちょうど良かった訳よ。ま、アイツにしたらありがた迷惑だったかも知れねぇけどな。」


 乾いた笑いをこぼしてウイスキーを煽るティーチに、ビーは声を掛けた。


「……あんたの事は、『随分世話になったやつ』って言ってたぜ。准将は。」

「……ふぅーん?」


 どうだか。と、ティーチは鼻で笑った。



 ビーは考える。立場が全く違うのに、この二人は随分気心の知れた仲だと思っていたが、そういう成り行きだったのか、と。きっと、お互いがお互いに、慕っていた故人の気配を感じ取って意気投合した部分もあるのだろう。あいつが信頼した相手であるならば、と。


 そして恐らく、ティーチはずっと感じていた自身の無力さから–––家族を救えなかった罪悪感から–––、故人に関わりのあるヴァースを救う事で、救われたのだろう。ヴァースに何があったのかは定かではないが、きっと、ヴァースも救われたに違いない。少なくとも、お互いに大切な人を亡くした傷は、消えてはいなくても癒されたに違いない。


 当人たちは認めなそうだが。



 ……しかしこれまたとある友人が喜びそうなネタである。と、ビーは、頭の片隅で思った。



 准将が自分を頑なに見捨てなかったのも、その辺が関係してるのかもな、とも。





「あんたさ、ジェイに惚れてんの?」

「……は?」


 唐突に聞かれて、ビーは眉を顰めた。見ればティーチがこちらをジッと見ている。


「何でそうなる?」

「愛してるって言ってたじゃねーか。」

「あれは言葉のあやだ。」

「はっきり言うなぁ。」

「本当だからな。」



 ビーは思わず省みる。自分が?准将に?



「……無いな。」


 横になったまま、天井を仰いで断言する。


「うん、無いな。無い。尊敬もしてるし感謝もしてるが、惚れてるのは無い。うん。」


 何と言っても、命の恩人である。慕わない訳がない。



「っつーかアタシの親友の連れだっつーの。ありえねーだろ。」

「ミィちゃんだろ?」

「知ってんじゃねーか。」


 そう、准将はビーの友人であるミィヤといい仲である。本人たちは抑えてるつもりらしいが、周りから見ればお互いがお互いにぞっこんなのは誰が見ても明らかである。あの二人に付け入る隙があるとは思えない。


「あの二人、どうなんだ?上手く行ってんのか?」

「聞くな。口から砂糖が出る。」

「へぇー、なるほどねぇー……」



 ティーチは少し言い澱みながらも、食い下がってきた。


「まぁ……だけどよ……なんだ、あいつ見た目は良いだろ?仕事も出来んだろうし?」

「出来るどころか実質、軍のNo. 2だっつーの。元艦長だぞ?見た目に関しては、まぁ、ファンクラブがあるくらいだしな。」

「ファンクラブ……マジか……。そんで、まぁ、なんだ。こう、報われない恋に胸を焦がしてたりなんかは……」

「無い!!なんなんだその乙女チックな言い回しは!!」


 しつこい追及に、ビーは思わず半身を起こして語気を荒げた。


「絶対無い!!っつーかいい男だからって誰でも惚れると思うな!!タイプじゃねーんだよ!!グッとこねぇんだから仕方ねーだろ!!」


 ビーはあらぬ方向に向かって力強く主張した。


 幾分、最近ヴァースと行動を共にすることの多い自分に対する艦内での女性陣の風当たりの強さに対する鬱憤も混じってしまったのは、致し方無い事である。


(好きで後ついて回ってんじゃねーっつーの!!)




「……じゃあさ、」


 言い切って肩で息をしていたビーに、ティーチはまた声を掛けた。


 ビーが視線を向けると、ティーチの力強い視線がビーを射抜く。ティーチは身体を起こして、また一口ウィスキーを煽ってから言った。




「オレとかどう思うよ。」

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