第17話
図書館の外はいつの間にか夕景色になっている。
閉館を告げる、チャイムが鳴った。
前田くんが立ち上がる。
「ありがとう。いい話を聞かせてもらったよ。」
ずっと、前田くんの中にあった、影のような、敵意のようなものが少し薄らいでいる気がする。
「そっか…おじい様の一部は、きみのおばあちゃんと一緒にいるのか。まあ、母親はそれを知ったら喜ばないだろうけど。」
「ていうか、幼馴染三人一緒にいるんだよ。同じお墓に入ってるんだもん。」
私の言葉に、前田くんの目が丸くなる。
「そっか。そうだね。」
前田くんのおじいさんが望んだことが、どういうことなのか分からない。おばあちゃんが望んだことも分からない。
でも、私はおばあちゃんの日記を思い出す。
おばあちゃんの日記には、おじいちゃんへの愛情が溢れていた。それを疑う余地はなかった。
今、あの箱の中身の謎は解けたけれど、おばあちゃんがおじいちゃんを裏切ったようには、私はどうしても思えない。お母さんが知ったらどう思うか分からないけれど、私にはただ幼馴染が一緒に三人そろったように思う。それは、焼きもちとか超えるようなものがある気がする。
帰り道、バス停までの道を私たちは並んで話しながら歩いた。
「ねえ、僕、幼馴染の絆を信じてなかったんだ。本当に憎らしく思ってたんだ。」
「うん。」
「でも、絆っていうか、こう、因縁めいたものが僕らにはあると思わない?」
そう言って、前田くんは不敵な笑みを浮かべる。
そこに後ろから名前を呼ばれる。振り向くと、また三人が並んでこっちへ来る。
ナツは例のごとく、頭に角がはえそうな顔をしている。
横にいるカズの表情も暗い。
昨日の返事もしていない私は気まずい。
「じゃあ、僕、先に帰るよ。ちょうど僕のバス来たから。」
前田くんはいつもより明るい表情で、手をあげる。
ナツが駆けよってきて私の腕を掴むが早いか、前田くんは逃げるようにその場を離れる。
「ハル、あんた、いい加減にしなさいよ。」目がつりあがっている。
「いい加減にって言われても。ほんとに話してただけだし。」慌てて言い訳をする。昨日より幾分気持ちが軽いのは、前田くんと話したからだ。
「そんなに、怒らなくていいじゃん。な。」マーくんがかばってくれる。
二人になってから、私はカズに前田くんのおじいさんの話を聞かせた。未来のこととか、秘密の本のことはやっぱり言えないけれど、おばあちゃんのあの小箱はカズも関わってることだから。
「へえ。前田のおじいさんが…」そう言って一点を見つめる。空を見つめる、その瞳に私は何か不安を覚える。
「カズ…」
「なんかさ、おばあちゃんとおじいさんが幼馴染だったとかって、あれじゃん?なんか…」
「私の幼馴染はカズだけど?」
私は挑むようにカズの目を見る。カズの目が一瞬揺らぐ。
「…じゃあ、なんで昨日の返事しねーんだよ…」その言葉は最後、消え入るように吐かれた。
「それは…」
カズの家のいつものソファ。リビングの外はいつの間にか薄闇に包まれている。
将来、別れてしまうかもしれないこの人と、付き合うこと。
未来への日々を紡いでいくこと。
でも、今日まで一緒に日常を重ねてきた私たちに、それ以外の選択肢はあるんだろうか。
小さい頃から見て来たこの少年の、「今」を見逃さない選択肢なんて、私には到底見つけられない。
刻一刻と成長していくカズを、私はずっとずっと隣で見てきたんだ。
カズが俯いて、その顔にまつげが映る。
拗ねたら口数が少なくなるこの人を、私はずっと今まで見つめてきたんだ。
「カズ…」
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