第17話 ひょんなことから離れ離れ
「女神からそんな能力が! それはもう完璧にS級クラスよね……」
「そうなんだよ、内緒にしておいてくれよな」
ダイス町へ帰りながら俺の魔法の秘密を話すと、リンネは驚嘆混じりに頷き、俺の両手をペタペタと触った。
「お、や、ちょっ」
「普通の手ね」
「俺もどういう原理でこうなってるのかはよく分からないからな」
結局悪党と呼ばれた4人は、誰1人重傷を負うこともなく捕まった。
どういう処罰になるか分からないが、もともとパーティーでセノレーゼに貢献していた点、犠牲者がいない点を考えると、そこまで重刑にはならなそうだ、とリンネが説明してくれた。
「ね、リンネさん、オレ達が隠れS級なのも分かるでしょ! レンマさんがもう桁違いのすごさ!」
「そうそう、アタシ達こそ、女神に愛されたパーティーなの! 特にレンマがね!」
「アルノル、モーチ、もういいから……」
お前ら揃いも揃って、「冬は家で鍋パしてから王様ゲームっしょ!」みたいなテンションで来るなよ。鍋くらい贅沢に1人で食わせろ、「ギャンブルで入れようぜ!」ってマシュマロとかいれるヤツ、博才が欠片もねえな。俺が王様だ、番号1~6まで全員が部屋掃除して帰れ。
大体お前ら、ホントに実力と努力でS級に昇りつめた相手に「裏S級ですよ」って自慢される俺の辛さと恥ずかしさが分かるか。俺がリンネだったら「女神の能力がなかったら凡人じゃん。こんなヤツと同等に扱われるんなんて怒りが湧いてきた」ってなるね。
ほら、またそうやってお前はリンネを性格悪いキャラにして、人を善い目で見ようとかないのか。いやいや、善い目で見てて裏切られたら立ち直れないでしょ。ふうん、そうやって自分の心ばっかり守って人を裏切り者扱いしていくんだな。
待って、脳内の俺同士で喧嘩はやめて、精神が瓦解する。
「でもリンネさんも本当にすごいです。薬師としても一流で……」
「シュティーナもすごいわよ。女王候補なのにちゃんとパーティーに参加してさ」
「あり……がとうございます……」
小さく俯くシュティーナ。
俺、直接聞いてないんだけど、だんだん分かってきたんだよな。ひょっとしたら彼女、女王になりたくないんじゃないかな。俺と一緒で、「なんで自分が」って思ってるんじゃないかな。だとしたら辛い。言われるたびに心に沈殿物が溜まる。それが底で固まってヘドロ化したものを人は「憂鬱」と呼ぶのです。
「ねえ、レンマ」
少し先にダイス町が見え、みんなが駆け足で向かう中、隣にいたリンネが声をかけてきた。
「うちに来ない?」
えっ、何これ。誘惑? 色恋、ってことはないよな。変な商材でも売りつけられるのかな?
「私達のパーティーに来てほしいの」
ああ、びっくりした、そういうことね……って、え?
「うちのパーティーはS級だけど、それはあくまでこの町での話。もっと大きな郡とか国直轄のミッションをやってるパーティーはまた別の格付になるの。私達がもっと大きなミッションをこなしていくために、レンマの規格外の魔法はきっと大きな力になるわ」
ああ、なんだかんだ言って、こうやって頼ってもらえるのは嬉しいんだよなあ。
でも、シュティーナもアルノルもいるし、何より。
「誘ってくれてありがとう。でもごめん、やめておく。リンネの戦い方見て、自分はまだまだ魔法が使えるだけの人間だって分かったし。今のまま更に上の仕事しても、魔法使う前に命落としそうだし、もう少しちゃんと努力して、みんなに追いつけるようにするよ」
女神の力に頼った生活で心の平穏を保つのは難しそうだ。他の転生者ができても、お前ができるとは限らないからな。自分がなんとかするしかないから、やっていこうな。
「……バラすわよ!」
先に町に戻ろうとすると、後ろからリンネが叫ぶ。少し震えるような声で、実際にその気がないのはよく分かった。
「バラしても信じる人いないよ、きっと。俺達、E級だから」
振り向いて笑ってみせると、予想外の答えだったのか、彼女は目をぱちくりとさせる。やがて、リラックスした表情で、ポニテを解きながら口元を緩めた。
「……それもそうかもね」
いつかまた誘うわ、と肩を叩かれながらミッション管理所へ戻り、俺達はワーグ町長から大きな盛大な祝福を受けた。
魔法のことがバレると心が雨漏りしてしまうので、シュティーナに頼んで全部をリンネの活躍にしてもらったのは言うまでもない。
***
「なるほど、風も手の動きに連動するんだな……急に風向きとか変えられるのかな?」
千切れた雲の隙間から覗く朝日が、草花を優しく照らす。ダイス町とバスカ村の間にある野原、このいつもの場所で魔法の力をアレコレ試す。
「ホントに、練習というか、修行というか、好きよね」
感心というより、半ば呆れたようにモーチが溜息をつく。
「リンネの戦い見てたら、同じS級を名乗るには申し訳なさすぎたからな」
「いいじゃないの、その代わりにどこでも使えるっていう長所があるんだから」
他人と比べがちなんだよな、と話すと、彼女は芝居がかって大きく首を振る。
「それにまあ、俺みたいなタイプが幸せになるためには行動量は増やした方がいいんだよ」
「はい?」
「普通の人が10の行動から10の幸せを得られるとしたら、俺とかは7くらいしか得られてないような気がするわけ。でも、俺が15行動すれば10くらい得られて肩を並べられるわけよ。分かるだろ?」
「分からないわね。普通の人が15行動するのが一番良いじゃない」
「正論は時に人を殺すんだぜ」
幸福の採掘面積を広げる話をしてるんだから採掘効率の話を持ち出すなよ。そっちの方が難易度高いんだぞ。
「そういえば、アルノルとシュティーナ遅いな。散歩がてら来るとか言ってたのに」
「疲れて寝てるんじゃない? 昨日結構遅くまでやってたもんね」
昨夜は全員予定もなかったので、ワーグ町長からもらった金一封で慰労会をした。2人とも、結構飲んでたもんな。モーチは早々に寝てたっけ。
「そういえばレンマ、アレ飲んだの? アルノルが道にいた行商から買ったっていうワイン。すごく良い水使ってるとか言ってたわよね? アタシ飲めなかったのよ」
「ああ、俺も。アルノルがシュティーナに勧めながらカパカパ全部飲んじまった」
ああいうとき「タイミングや物理的な距離が原因だと9割方分かっているけど、ひょっとしたらアルノルが俺を敬遠しているのでは」と思ってザワザワした途端に酒の味がしなくなるの、
「今日は昼前には管理所行く予定だろ? もう少ししたら起こしにいくか」
「そうね、それで美味しいご飯を食べよう!」
その後の未来を暗示するかのように、空には雨雲が膨らみ始めていた。
「ウソだろ……」
総合受付もレントゲンもない簡素な病院で、白いシーツを被せたベッドに横になる2人。
「うう、すみません、レンマさん……」
「レンマ、ごめんなさい……しばらく動けそうにないわ」
食べ物にひどく
白に服にゴツい聴診器を持った医者が、俺の方を向いて後頭部を掻く。
「一緒に食事したのに貴方だけ大丈夫なんですね」
俺の中に棲みついている「性悪説」という名の小動物が、「犯罪を疑っているのでは」と囁いてくる。この動物は全然懐いてくれない。
「なんか変な物飲みましたか?」
「いや、特におかしなものは……」
「例えば道端で売ってるよく分からない酒とか」
「飲みました、この2人」
まあそうだよね。原料も製造主も分からない物、今思うと怖いよね。あの時は俺も
「とりあえず数日はここで療養してもらうからね」
「分かりました……」
ミッションは1人じゃできない決まりだしな。今日なんか依頼したいことがあるって言ってたけど断ろう。
「レンマ、たまにはのんびりして」
「オレ、すぐに回復しますからね!」
「おう、2人ともお大事にな」
挨拶して、ミッション管理所に向かった。
「というわけで、しばらくの間ミッションはできなそうです」
「レンマしか動けないのか。それはそれで別の依頼ができそうだね」
銀髪の老婆が嬉しそうに、パーティ―メンバーの書かれた紙を見せてきた。
「E級の4人パーティーがいるんだけどね、攻撃の要の剣士がケガで何日か動けないっていうんだよ。アンタ、助っ人に入ってくれないかい?」
そういえば前にイルキーを入れてミッションやったことがあったな。俺がイルキーと同じ役になるって感じか。
「ん、別にいいですけ……」
途中で止めてももう遅い。俺はバカだったのだ。どんなメンバーなのか確認するのを怠っていた。アルノルやシュティーナのことを考えていて、ぼんやり返事してしまった。
「助かるよ、ありがとね。大丈夫、幼馴染で組んだパーティーらしいけど、みんなすごく明るくて元気だからね。賑やかに迎えてくれるはずさ」
俺の笑顔はピシリと凍り付き、昨日一緒にあのワインを飲んでおけば良かったと後悔した。
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