《盛夏》 オールワーカー メグミ

「ちょっと! また、スムシが入ってたんだけど!」


 あたいは怒鳴り、コソコソ逃げようとする蛾を捕まえた。


「いい加減にして! 」


 ゲートキーパーに向かってキレながら、あたいはハチノスツヅリガを外へと引きずり出した。


 あたいはメグミ。この間、外界への採集デビューを果たしたハチだ。なのにもかかわらず、掃除屋をこなしているのは、今は仲間が爆発的に増えている繁忙期だから。手が足りない部署にはヘルプに回るんだ。


 スムシこと、ハチノスツヅリガは厄介な連中だ。夜中にいつのまにか巣に侵入して、あたいたちの巣に卵を産みつける。卵はすぐにかえり、幼虫はあたいたちの巣を食い荒らし、使い物にならなくする。今の時期、スムシは成長速度が早いから、あっという間に部屋を乗っ取られて取り返しのつかないことになる。

 この前も、スムシが中で暴れまわってしまった部屋を噛み砕いて廃棄したんだ。幾匹もの妹たちを犠牲にした。あんなのはもうごめんだ。


「ねえ、うるさい奴がいるんだけど! 集中出来ないんだけど!」


 頭の上から声がする。

 あたいのこと言ってんの?

 あたいが上を見上げると、ちょうど巣作りしているハチたちが目に入った。

 羽化して 12 日が過ぎるとあたいたちはお腹の横から蜜蝋が出てくる。そのころは巣作り担当になって、お腹から出る蜜蝋を口に運び、せっせと巣を作る。あたいも通ってきた道だ。

 はっきり言って難しい。触角、自分の顔の長さ、傾き加減を物差しにして、綺麗に六角形の部屋を作っていく。蜜が漏れないように少し上向きにするのがポイント。互い違いに裏表に部屋を作っていくのだ。あたいは、何故六角形に部屋を作るのか疑問に思ったことがある。その答えは自分で巣作りして分かった。六角形が一番、蜜蝋の量を節約できて合理的なんだ。想像してみて。これが円や八角形だったら、たしかに使用する蜜蝋の量が増えちゃって大変なことになる。


 雄蜂の入る部屋はワーカーのよりも少し大きくする。女王は部屋の大きさで雄蜂を産むかワーカーを産むか判断するからね。言うならば巣作りワーカーが雄蜂生産量を管理しているのだ。

 て、ベラベラ説明しちゃったけど、あたいは巣作りが苦手だった。器用じゃないので、もっぱら橋渡し担当をしてた。巣作りをする蜂の足場になる係ね。他の蜂とくっついて、左官役を頭に乗せる。


 声を出した蜂は巣の下の端っこに長細い部屋を作っていた。


「え、なに。また王台作ってるの? こんな端っこで?」

「しいっ、今のナナ女王は身体が弱くてもうすぐ死ぬって情報が来てる。こっそり作ってんだ。ナナ女王、競争心強いから、王台が目に入ったら死ぬ前に中の女王殺しちゃうかもしれないし。出来るだけ中心から離れたところに作れ、て命令が来てんの」


 あたいの問いに一匹の蜂が蜜蝋を塗り籠めながら答えた。


「ほんと?」


 あたいは近くにいる乾燥係の蜂たちに問いかけた。

 巣の一番下には、羽を震わせて空気の循環と湿度を管理する係がある。この蜂たちのおかげで、巣にはカビも生えないし、採集してきた蜜も水分が飛んで腐らずに濃厚になるんだ。じめじめしてるとダニも出て来やすいしね。

 乾燥係は、採集バチになる一歩手前の仕事だ。羽を鍛えて遠出の飛行にそなえるってわけ。

 乾燥係たちはなにも答えず、ただ頷いてみせた。


「マジで知らなかった。うるさくしてごめん。でも、見てよ! これ。また部屋を廃棄するのは勘弁だからね!」

「外に行くのなら水をお願い。部屋が暑すぎてこの子たちに良くない」


 別の方向から育児係の要望が飛んできた。

 赤ちゃんである妹たちは部屋の温度が35度を超えると上手く育たない。あたいたちは気化熱を利用して巣の中の温度を下げる。そのほかにも育児係が身体を部屋に押し付けて温度を奪ったり、仲間との密度を減らすためにばらけたり、巣の外に出たり。夏場は色々苦労する。


「了解」


 あたいは蛾を抱いて飛び立った。

 出入り口では、ワーカーたちがお尻を巣の方に向けて並び、羽ばたいて空気を循環させていた。外の空気を中に入れようとしているんだ。

 あたいたちはそうするんだけど、別の種類のミツバチの巣では頭を巣に向けて羽ばたいているのを見た。彼女たちは巣の中の空気を外へ追い出そうとしている。考え方の違いってやつだね。


 ※ニホンミツバチとセイヨウミツバチで異なる点の一つである。


 蛾を追い出して、巣からある程度離れた時だった。


 バリバリバリッ!

 乾いた大きな羽音とともに凄まじい風が上空から降りてきて、あたいは思わず首をすくめた。


「ひいっ」


 そう声を出したのはあたいではなく、すぐ隣を飛んでいた別の巣のミツバチだった。彼女はあっという間に大きな脚で絡みとられ、上空に消えていく。


 オニヤンマだ。


 あたいは冷や汗をかいて飛び続けた。


 やべえやべえ。今の、あたいが獲物になっててもおかしくなかったよね。危機一髪、ってとこ。


 水辺に降り立ち、あたいは顔を水面に当てると水を吸い取り蜜胃に収納した。

 きっと何回か往復しなければいけない。部屋の温度を下げるには。


 視界に動くものが目に入り、あたいは素早く飛び立った。


「クソッ」


 水面であたいを逃したミズクモが残念そうにため息をつき、脚を振り上げてた。


 危なかった。ドッ、ドッ、ドッ、とあたいの心臓がフル稼働する。

 やだ、何これ、信じらんない。1日に2度も命を狙われるなんて。


 ドキドキしながらあたいは平静を装い、巣に戻る帰路へとつく。


 あたい、今日は厄日なのかも。参ったね。


 今の水辺にはもう行けない。もうひとつの水辺に行くか、と考えながら巣に戻ったときには、巣の内情が一変していた。


「ナナ女王が死んだ?」

「そう。たった今ね。急死もいいとこ。王台が間に合わなかった」


 さっきまで王台を作っていたワーカーが教えてくれた。


「やむを得ないから、卵から孵って2日3日の妹の中から女王候補を仕立てるわ」


 女王が急死した場合、あたいたちは緊急措置をとる。ワーカーとして生まれた幼虫の中からシンデレラを選び、その子たちにはローヤルゼリーだけを与えて女王へと変身させるのだ。ワーカーと女王は元は同じ身体だから、育て方を変えればちゃんと女王バチになる。大至急でその部屋を王台仕立てに拡大しなければならないけど。


「今の巣の規模じゃ十分に巣分かれ出来る。今回は女王争いはなく、穏やかにことをおさめられそうだよ」


 巣は仲間たちが多過ぎて、暑く狭苦しく感じてきたところだった。早く、半分になりたい。


「そう。良かった。ラッキーなシンデレラたちだね。無血で女王の座を手に入れられるなんて」


 そんなことは珍しい。

 あたいは水を巣に撒きながら、巣分かれの日を想像した。

 この世界の変革期に立ち会えた。あたいは自分がラッキーだと思った。


 夜になった。

 涼しい風に当たりたくて、あたいは出入り口付近へと移動した。

 夜風は昼間の風よりも心地よく、あたいはうっとりと入ってくるその風に体を任せた。


「夜はそこは危険よ」


 ゲートキーパーがあたいに言ったけど、あたいはその言葉を無視した。

 そんなこと言ってるから、スムシを見逃すんでしょ。明日からはあたいがゲートキーパーを務める。そんなヘマは2度と許さないんだから。


 巣分かれのことを考えるとワクワクしてきた。

 あたいはどっちにつこうか。新天地への冒険か。住み慣れたこの世界か。

 やっぱり、命は一つ。一度きりのことだもの。冒険かな。何もないところで全て一から始めるなんて、すごくやり甲斐があって面白そう。あたいはオールワーカーだから引っ越し組が適任よ。


 そう思ったときだった。あたいは突然、頭からパクリと生温かな何かに食べられてしまった。


 そいつの口の中であたいは、ヒキガエルの存在を思い出した。夜にはヒキガエルが巣の近くにやってきて、あたいたちを襲ったことが何回かあった。


だからゲートキーパーは危険だって教えてくれたのか。あちゃあ、後悔してももう遅い。


 くっそう、やっぱり今日は厄日だった。























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る