この世界が終わるまで〜Honey Beeの世界〜

青瓢箪

《初春》越冬バチのサナエ

 ごきげんよう。皆さま。

 私は働きバチワーカーのサナエでございます。


 私たちの世界を語るに、先陣を切らせていただくのがこの私、と申しますのはいささか気後れがいたします。ですが、何事も事情があるのですから致し方ないのでしょう。

 おそらく、その事情とは私が生まれた時期によるものだと察します。


 自己紹介を続けさせていただきますわね。

 私が生まれたのは晩秋でありました。

 花蜜の盛りを終え、収穫がぐんと減り、あとは長く暗い冬ごもりが始まろうかという時期でした。

 そう、私はそんな時期にて生まれたものですから、外界に出たことはほとんどございません。生まれた時には仲間の姉様たちがじっと身体を寄せ合って、巣を暖め、貯蔵した蜜を舐める。そんな世界でございました。

 私は他の皆とそのまま冬を越え、数えるともう四ヶ月以上も長く生きておることになります。越冬バチは四ヶ月から五ヶ月程度の命があるそうで。他の時期の働きバチときたら寿命が 30 日程度と聞きますから、とんでもない差でございますこと。


 最近ようやく冬を越えたのですが、このように私はもうお先が知れてる婆あにてございまして。ホホ。春が来て外界にて蜜を採集出来るのも雀の涙の回数でありやしょうねえ。


 私たちの世界は冬でも 25 度に保たれております。女王が快適に過ごして卵を健やかに生み出し、幼虫がすくすくと育つ状態を作り出すよう心がけておるのです。とはいえ、収穫がありませんのに仲間が増えては一族の存続に関わりますので、冬場には女王は極力産卵を抑えております。

 産卵するペースは、私たちワーカーが調節しております。雨に濡れて飛べず、蜜が採集出来ない梅雨の時期もそのようにすると聞きました。

 あら、どのように産卵ペースを調節するのかですって?

 それは女王にお渡しするローヤルゼリーの量を調整するのですよ。仲間を増やしたい時にはたっぷり。先程申しましたように、冬や梅雨の時には控えめに。

 わざと与えない時もありますわ。

 それは、女王に痩せてもらわないといけないとき。

 と申しますと、結婚飛行の時、新天地に旅立つとき(※巣分かれ・分封)ですわね。

 女王はまるまる肥えていらっしゃいますから、長時間飛行しなけらばならないときはお痩せになってもらいます。重くて飛べませんから。

 私の生きている間はそんな事がありませんでしたけれども、私の死後はそういう事もあるのでしょうねえ。


 ※巣分かれ・分封……春から夏にかけて行われる。新女王蜂誕生の二、三日前に古参の女王蜂が巣の半数の雄蜂、ワーカーを引き連れ、新しい巣を探しに飛んでいく。


 冬は閉じこもっていることが多いにしても、天気が良くお日様が出ている時には、私たちニホンミツバチは蜜の採集に出かけるときもあります。主にツバキの花が目当てですわ。

 ツバキの花は花粉もしっかりと取れます。

 冬だというのに、有難い花ですわ。

 花に頭を突っ込むと、毛だらけの私たちの頭も身体にも花粉がくっつきます。頭にくっついた花粉を前足で口まで運びます。それを唾液と混ぜてこねて、団子状にいたします。更に、身体にくっついた花粉と合体させながら、脚を器用に使って後ろ足まで運ぶのです。後ろ足には、花粉ポケットというくぼみがあってカゴのようにちょうどそこに花粉団子をくっつけておさめるのですわ。花粉ポケットの部分にも毛が生えていまして、花粉が外れにくいようになっています。

 私は花粉団子を作るのが上手でしたのよ。

 誰よりも重い花粉を運んだときもありました。

 でも、仲間のうちには花粉団子と蜜を集めすぎて重くて力尽き、巣までたどり着けずに行き倒れになるおバカさんなハチもいると聞きますから、量も考えものですわね。


 蜜を採集して帰ったら、蜜場を仲間に教えるダンスの方法も習いましたわ。

 ご存知? 8 の字ダンスという言葉を聞いたことはおあり?

 私たちの決まりごとで、真上が太陽の位置、真下は巣を示す、となっております。巣から帰ってきた時に、下から上にすすむダンスをすれば、花は太陽の方向にあるのですわ。逆に上から下へすすむと花は太陽とは逆方向にあるのです。

 さあ、そして応用です。上から下へと、斜め左方向に進むとしましょう。その時、上から下への垂線と進む方向の線で出来る角度は 60 度だとしましょう。蜜場がどこにあるかおわかりになるかしら。

 正解は太陽に背を向けたときに、左に斜め 60 度の位置に蜜場があるのですわ。

 それらのダンスを私たちは皆に伝えるために繰り返し行います。最初の場所から蜜を教える方向に進んだ後、くるりと回ってまた最初の場所に戻ります。そして、また蜜の方向に進む。ちょうど円を描くようになりますわね。


 ちょっと混乱したかしら。

 まあ、一度自分でやってご覧になるとよろしいですわ。こういうのは身体で覚えるのです。

 ところで、外国には太陽が空の真上にくる国もあるそうですわね。※そういう国の蜂はどうしているのかしらね?

 私たちとは種の違う小型のミツバチは、昔ながらの方法で水平な板の上でダンスをすると聞いたことがありますわ。それはそのまま進む方向が蜜場ということです。

 太陽が真上にくる国の蜂も、もしかしたらそうしていらっしゃるかもしれませんわね。


 ※(赤道直下に住むオオミツバチは、太陽が真上にくる真昼間は巣の中でじっとしている)


 ダンスは、方向だけではなく蜜場の距離も教える事ができるのですよ。距離が近いときにはただ同じ方向に(右回りだったら常に右回りでゴールからスタート地点へと戻る)円を描くだけですが、遠距離ですとどうしたら良いと思います?

 答えは 8 の字に回ります。スタートから蜜の方向へ進み、ゴール地点にくるとくるりと右回りで元のスタート地点に戻ります。そして、また蜜の方向へ。ゴール地点にくると今度は左回りでスタート地点へ戻る。

 ね? 表現としては分かりやすいでしょ。


 このダンスをするときにお尻を振ります。

 激しく振ると質のいい蜜が沢山ある蜜場だということ。こういう激しいダンスを仲間がした時は善は急げ、ですわ。皆がその蜜場に飛び、あとはピストン運動です。せっせと蜜を運ぶのですわ。


 そうそう、余談ですけれども。採集バチから蜜を受け取る係のハチは、質の良い蜜を採集してきたハチの方を優先に受け取ります。質の悪い蜜のハチは、しばらく待ちぼうけをくらうのです。でも、そうして待たされた蜂というのはダレてダンスをする気を失くすのですわ。面白いですわね。

 結果的に、質の良い蜜場だけが仲間に知らされ、合理的に蜜が採集出来るというわけなのです。


 あっ、部屋から妹が孵るところですわ。ごめんなさいね。

 私が卵の時からお世話をした妹です。

 頑張って、頑張りなさい。

 昨日、蛹の殻を食い破り、羽化したばかりの妹は今日は私が部屋につけた蓋を齧り始めました。

 そうそう、ゆっくりで良いわよ。

 顔が見えてきましたよ。

 赤ちゃんが蛹になり出したら私たちが部屋に蓋をするのです。蜜や花粉を貯蔵している部屋にも蓋をするのですよ。そうして保存された蜜や花粉は湿気から守られて、※品質は変わりませんの。何百年も何千年もだと言われてますわ。

 豆知識です。すみませんね、私、何でもかんでもペラペラ話したくなっちゃいますの。


 ※エジプトの遺跡から出てきた壺の中の蜜成分を調べると、化学変化は一切起こっていなかった。


 さあ、妹が出てきましたわ。

 嬉しい、なんてめでたいこと。冬を越して初めて生まれた妹たちですもの。


 さあ、貴女たちが今度は巣を繁栄させていくのよ。期待しているわ。

 春には巣分かれが出来るぐらい。巣分かれが出来て、私たちはようやく一族を増やせたと言えるのですから。


 私は残念ながら新女王のお顔を見ることもなく、巣分かれを経験することもない。貴女たちに希望を託すわね。

 頑張りなさいね。妹たち。


 それでは、皆さま、ごきげんよう。







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