(18)

 エリックとトマス、それに守備兵たちに城壁の守りを託し、僕たちは暴走するセフィーゼを捕えるため、塔の螺旋階段を駆け足で下りた。

 だが、マティアスだけはいつも通り、アリスを行かせまいと必死に説得にかかる。


「アリス様、どうか――どうかここはクロードに任せ、安全な場所にご避難下さい!」


「ええい、マティアス! お前はいまだ私の性格を理解できないのか」

 アリスはマティアスを振り払って言った。

「お前がいくら止めたところで、それを私があっさり受け入れると思うか?」


「しかしアリス様! 相手は狂気の風魔法使い。一瞬でも接触すればそれだけで危険ではありませんか!」


「マティアス、いいから離せ! 見ろ、クロードが一人でどんどん先に行ってしまうではないか。このままでは奴の言っていた面白い場面シーンを見逃してしまうかもしれん」


 お転婆とかじゃじゃ馬とか、月並みの言葉では表せないアリス王女の強い好奇心。

 苦りきるマティアスの忠告を完全に無視し、アリスは目を輝かせながら、階段を二段、三段跳び越えて塔を下っていく。


 しかし――


 城の中庭の方から聞こえてくる、兵士たちの恐ろしい阿鼻叫喚あびきょうかんの声が、アリスの表情を一変させた。


「セフィーゼめ、もうそこまでやって来ているのか!」

 アリスが激怒し叫ぶ。

「そしてまたしても私の兵士たちを……許さん、許さんぞ! ――おい、クロード!」


 クロードはすでに一階まで下り切って、中庭に通じる塔の出口の脇に立ち外の様子をうかがっていた。

 遅れて着いたアリスは、そのクロードの腕をつかんで言った。


「クロード、あれだけ大言を吐いたのに何をしている! さあ、早くセフィーゼを捕えてみせよ。さもないと瞬く間に犠牲が増える!」


「お待ちくださいアリス様。急いてはことを仕損じます」


 クロードは冷静さを失わないが、アリスが焦燥するのも無理はなかった。

 というのも、魔法によって切断された兵士たちのむごたらしい死体が、すでに通路や庭のあちこちに転がっていたからだ。

 セフィーゼが城内に侵入してからわずかな時間しか経っていないのに、まさかここまで被害が広がるとは、完全に予想の範疇はんちゅうを越えていた。


 これは――思った以上のピンチかもしれない。


 魔力を消尽しつくしたたミュゼットは除外するとして、今、城内にいるロードラント軍の中で、セフィーゼの魔法に歯止めをかけられそうなのは僕とクロードくらい。

 つまり、もしも二人が倒れれば、セフィーゼがたった一人でこの城を制圧してしまうという、まさかの事態に陥りかねないのだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る