(17)

「おい、なんだあのガキ!」

「まだ包囲もできてねえのに一人で暴走してやがる」

「功を焦ってるのかねえ」

「いやいや、きっと頭がおかしくなってんだろうよ」

 

 一直線に城に向かってくる馬上のセフィーゼを見て、守備兵たちが騒ぎ始めた。

 なにしろデュロワ城は平地に建っているとはいえ、周囲を深い堀と高い城壁に囲まれた極めて堅固な要塞。

 いくらセフィーゼが上級の風魔法使いだからといって、一人で城を攻め落せるわけもないのだ。


 やっぱり――

 と、僕は思った。


 何か特別な策があるとも思えないし、セフィーゼはいよいよ正気を失ってしまったに違いない。

 おそらく保護者的な役割を果たしていたヘクター将軍すら、今の彼女を抑えることができないのだろう。


『エアブレード――!!』


 その時、馬を走らせながらセフィーゼが呪文を唱えた。

 が、セフィーゼは誰か人を狙ったわけではない。

 目の前の城壁――それもさっきの『ミストラル』で窪んだ部分に、『エアブレード』の鋭い風の刃をぶつけたのだ。

 当然、石の壁は削り取られさらに薄くなってしまったようだ。

 

「おいユウト!!」

 エリックが振り向いて叫ぶ。

「まさかとは思ったが、あの子、本気で城壁に穴開けて城内に入ってくる気だぜ。まったく無茶しやがる」

  

「アリス様!」

 それを聞いたマティアスが、渋い顔をしてアリスに進言する。

「ご覧のとおり、ここはまもなく城の防衛の最前線となります。どうか安全な場所にお引きください」


「分かっている! が、その前にあのセフィーゼをなんとかせねばなるまい。このまま城の中に侵入され暴れられては被害は甚大だぞ」


「ならばアリス様、是非わたくしが――」

 と、そこで、今まで黙ってアリスの横に控えていたクロードが一歩前に出た。 

「あのセフィーゼという少女、討ち取ってみせましょう」


「ほう、クロード、お前が――?」

 アリスがクロードの顔を見返して言った。

王の騎士団キングスナイツの実力を見せるというのか?」


「はい。ちなみに誰の助けも必要ございません」


「一人でやると言うのか――しかし、見ての通りセフィーゼの風魔法は凄まじい。この間戦った時はそこにいるユウトが何とか封じ込めることに成功したが、セフィーゼがそう何度も同じ手に引っかかるとは思えんぞ」


「ご心配には及びません。いかなる強者であろうと、あのように戦場で我を失った者の首を取るなど造作もないこと」


「えらく自信があるようだな――だが、駄目だ」

 しかし、アリスは首を振った。

「なぜなら、今はその時ではないからだ」


「と、申しますと――?」


「クロード、分かるであろう? セフィーゼは当初族長の娘として反乱軍の頭目に立った者。ロードラント王国の掟にのっとりいずれ必ず死をもって報いなければならない。だが、それはすべてが片付いた後――すなわちこの戦いに勝利したのち、皆の面前で厳正に罪を処断し処刑を執行する。ただ殺すのでは意味がないのだ」


「なるほど。つまりアリス様、セフィーゼを生きたまま捕縛しろと……」


「そうだ。絶対に生かしたまま捕え私の前に引っ立ててみせろ。クロード、お前にそれができるか?」


「もちろん、仰せの通りにいたしましょう。単純に首を取るよりはるかに難しいことではありますが、おそらく可能かと存じます」


 そう言ってクロードは頭を下げた瞬間、僕たちが立っている城壁が軽く震え、続いてエリックが叫んだ。

 

「アリス王女様! もうあまり悠長なこと言ってられないようですぜ。今の一撃で壁に穴が開いちまいました」


 僕たちがもたもたしている間に、セフィーゼは『エアブレード』の魔法を数回唱え、分厚い城壁の一部を崩してしまったのだ。

 しかし、それでもデュロワ城の前には水がなみなみ張られたお堀がある。

 セフィーゼはそれをいったいどうやって越えるつもりなのだろうか、と思っていると――


「おおおおお――!!」


 守備兵たちがどよめく中、セフィーゼは馬ごと堀の上を飛んだ。

 そしてセフィーゼは素早く馬の上に立ち、その背中を蹴ってさらにジャンプしたのだ。 


 馬は重力に耐え兼ね、ボチャンと大きな水しぶきを立てて堀の中に落ちた。

 だがフィーゼはまるで追い風に乗ったかのようにそのまま空中を突っ切り、堀を飛び越え、ポンと地上に着地してしまった。


 あとはもうセフィーゼの行く先を阻むものはない。

 壁の穴をくぐり城内に入るだけだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「これは――あまりうかうかしてられないようですね」

 その様子を見ていたクロードが、あくまで澄ました口調で言った。

「私はこれから下に降りてセフィーゼを捕えてくるとしましょう。――アリス様、もしよろしければその様子をご覧になりませんか? アリス様にとっても、多少は面白い情景をお見せすることができるかと思います」 


「ほほう、それは興味深いな」

 アリスの目が一瞬輝く。

「よし、是非そうさせてもらおうではないか。――そうだユウト! お前も私たちと一緒に来い。お前もセフィーゼとは一度決闘デュエルをした間柄なのだから、戦いの結末を見届ける権利がある」


「はい!」

 

 僕は即座に返事をした。

 果たしてそれが権利なのかどうかは分からないが、とにかくセフィーゼの今の状態は気になるし、なによりクロードの使う魔法をこの目で見てみたかったからだ。

 

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