(23)

「なによミュゼット! アンタ、足をくじいたふりをしてワザとハイオークに捕まったっていうの? 泣いてたのもウソ泣きってこと!? 」

 と、男爵が叫んだ。


「そうですよっと。迫真の演技だったでしょ?」


 ミュゼットは男爵から取り戻したえんじ色の頭巾で上半身を隠し、地べたにしゃがみこんで答えた。 

 さすがに疲れたのだろう、話すのもしんどそうだ。


「もうっ! この子ったら。まったくなんでそんな危ない橋渡ったのよ!」


「男爵様~、いちいち説明しなきゃダメ?」

 と、ミュゼットはうんざりしたように言った。

「あのでっかい斧でぶん殴られたらさすがにヤバいでしょ? だから最初に片付けちゃったの。あと魔法を撃ちながら逃げまくったのは、わざと弱みを見せてあいつハイオークを油断させつつ、動き回らせてお腹を空かせてやろうと思ったから!」 


「ということはアンタ、本気で自分を餌にしようとしたってこと?」


「そうでーす。ハイオークは大食で美少女の肉好きってデータは頭に入ってたから、ボクをご馳走として認識するように仕向けたってわけ。――もー男爵様って一応天才軍師なんでしょ。それくらい分からなかったの?」


「まあ、悪かったわね! アタシは戦術戦略には強いけど、実際のミクロな戦闘にはうといのよ。暴力は嫌いだから」


 男爵はぷりぷりしている。

 が、それはおそらく、自らを犠牲にする覚悟でハイオークを倒したミュゼットの無謀さに対して腹を立てているのだ。


「それにミュゼット、誰が美少女ですって!? そんなこと自分で言ってどうするのよ!」 


「だって事実じゃん」


「あら! それはちょっと違うんじゃない!?」


「――あのう、少し補足しますと」

 僕は言い争うミュゼットと男爵の会話に割って入った。

「ミュゼットさんは最初から自分の魔法はハイオークに通用しないと知ってたんだと思います」


「え!」

 男爵が聞き返した。

「じゃあ、この子は結果まで全部緻密ちみつに計算して戦ってたってこと? 思い付きの行動じゃなくて?」


「ええ、そうです。すべてはハイオークの口の中に『フレイムショット』を撃ち込むだけのために。その唯一の計算ミスがハイークの桁外れの耐久力だったわけで。――ミュゼットさん、違いますか?」


「その通り! 最後のピンチ以外はすべて想定内で、本当は男爵様が心配するほどの危ない橋を渡ったつもりはなかったんだよね」

 ミュゼットはそこでぴょんと立ち上がって、いきなり僕に抱きついた。

「さすがユウ兄ちゃん! よく分かってる!」


「……い、いや別に――そうでもないです」

 

 白昼堂々恥ずかしい! リナが見ているというのに……。

 僕はベタベタじゃれるミュゼットに対し、あたふたしてしまった。



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