(19)

 リナは男爵から手を放し、僕に詰め寄った。


「それってどういうことですか、ユウトさん!! まさかミュゼットさんはハイオークに自分を食べてもらいたいとでも?」


「ええ、まあそういうことです。でも実際はそうはなりませんから、その点は安心してください。ただ――彼女も気づいていない別の危険性はあります」


「????」


「いずれにせよ、結界はもう少しで破ることができそうですので、ちょっと静かにしていてくださいね」


 状況を全く飲み込めていないリナと男爵は放っといて、僕は『炎の壁ファイアウォール』に向かって、ひたすら『ブレイク』をかけ続けた。

 その甲斐あってか、炎の高さはだいぶ低くなってきた。


 急がなくては!


 すべて計算し尽くされた、ハイオークを倒すためのミュゼットの戦いの方程式――

 一見完璧に思えるその式の過程にも、しかし、たった一つの重大なミスがあった。


 そしてそれは、結果的にミュゼットの命を奪いかねない致命的な誤答を導き出す可能性があるのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ダメダメダメ――!」


 ショートパンツを脱がされまいと、ハイオークの手の中でバタバタ暴れ狂うミュゼット。

 あまりに抵抗が激しいので、ハイオークもついにミュゼットを裸にすることを諦めたようだ。


 というか、一刻も早く食事にありつきたいあまり、細かい作業が面倒になってきたのかもしれない。

 ハイオークはミュゼットを壊れ物を扱うような手つきで優しくつまみ、自分の顔の前に持ってきた。


 それから、なぜか律儀に、  

「イタダキマス……」

 と言い、ミュゼットを丸ごと味わおうと、大きな大きな口を目いっぱい広げた。


 ところがその瞬間、ミュゼットの目つきがサッと一変した。

 それは、捕らえたターゲットを確実に殺せると判断した暗殺者の瞳だった。


「悪ぃ!」

 ミュゼットが叫ぶ。

「この時を待ってたんだよね!」


 ミュゼットのセリフを聞いたハイオークの動きがいったん止まる。

 そこへすかさず、ミュゼットが指を前へ突きだして魔法を放った。


『フレイムショット――!!!!』


 ミュゼットの渾身の魔力を込めた炎の弾丸。

 ほぼゼロ距離で発射されたその弾丸は、一瞬でハイオークの口の中に飛び込んでパッと消滅し――

 同時に「ボコンッ」とくぐもった爆発音がして、ハイオークの頭は内部から瞬く間に燃え上がったのだった。


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