(8)

「追え! 二人を逃がすな!!」


 焦ったマティアスが大声で命令し、竜騎士たちが急いで馬を走らせようとしたその時――


「皆、止まりなさい!」


 今度はリナが叱責し竜騎士を引き留めた。 

 ヒルダが魔力を失った時点で、リナの緊縛は解けていたらしい。


「状況をよく見なさい。今、敵を深追いするなどもってのほかです!」


 まるでアリスの魂が乗り移ったかのような、威厳ある王女の言葉。

 おそらくそこにいた全員が、一瞬、リナのことを本物のアリスだと錯覚しただろう。


「――全員戻れ!」

 マティアスも我に返ったのか、そう叫ぶとその場にがっくりくずおれた。

  

 これで本当に終わった。

 しかし、壮絶な戦いの後に残ったのはただの虚しさだけだった。


 森の中には竜騎士の死体が散乱し、生きている者もアンデッドとの戦いで全身傷だらけ、疲労は極限にまで達している。

 僕が昼間目にした、堂々たる竜騎士団の面影はもうどこにもない。


 中でも特にダメージを受けたのは、ヒルダにもてあそばれながらも、アリスの身代わりを務めきったリナだろう。


「リナ様!」

 僕はリナに駆け寄った。


「ユウト……さん」


 リナは息も絶え絶え、といった感じで僕の胸の中にふわりと倒れた。

 思いがけずリナを抱きしめる形になったが、こんな状況ではもちろん嬉しくもない。


「私はいったいどうしていたのでしょう……あのヒルダという人に捕らわれてから、頭がボーっとしてしまって……」


「すべて終わりました、リナ様。ご安心ください、私たちは助かったのです」


 よかった。

 リナはヒルダに散々なぶらられたことを、よく覚えていないらしい。


「ありがとうユウトさん、あなたは私の命の恩人です。――あっ!」


 リナの顔が赤くなった。

 僕から離れさっと両手で胸を隠す。

 ヒルダのせいで服が破れ、胸が大きくはだけていることに気付いたからだ。

 

「見てません、僕は見てません!」


 咄嗟に顔を背ける。

 本当はばっちり見てしまったのだが――

 そう言っておかないと、リナがかわいそうだ。

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