(9)

「おおユウト!」

 アリスの顔がパッと明るくなる。

「今までどこにいた?」


「……混戦の中でアリス様を見失ってしまいました。申し訳ありません。それよりリナ様、ケガを魔法で回復しましょうか?」


 軽い打撲でも、打ち所が悪いといけない。

 僕はリナの痣を見て、心配になって尋ねた。


「いいえユウトさん、わたしなら平気です。それよりリリィ――私の馬は……」


 僕は道端に倒れたリナの馬を観察した。

 馬は口からは血の混じった泡を吹き、呼吸はすでに止まっている。

 ハイオークと戦ったとき乗った馬だから、なんとか助けてやりたかったがもう手の施しようがない。

 魔法でも無理だ。


 僕は黙って首を振った。


「そんな……」


「リリィはお前の代わりに死んでくれたのだ」

 と、アリスがリナを慰める。

「リリィの死を無駄にしないためにも、私たちは絶対に助かろう。皆そろって王都に帰るのだ」


「そうですリナ様」

 僕はリナに言った。

「悲しむ気持ちはわかりますが、今は一刻も早くこの場から脱出しなければなりません」


「それはわかっています。でも、どうしたら……」

 愛馬を失い、リナは今にも泣き出しそうだ。


「アリス様、リナ様、どうぞ私にお任せください」

 二人を少しでも安心させようと、僕は力強く言った。


「なんだ? ユウト。また何か策があるのか?」

 アリスが身を乗り出す。


「はい、一つだけあります。でもそれにはアリス様の協力がどうしても必要なのです」


「むろん私にできることならなんでもするぞ」


「ごく簡単なことです。ロードラント全軍にある号令をかけて頂きたいのです」


「号令? どんなことをだ?」


「『10数える間、目をつぶれ』それだけ命じていただきたいのです」


「なにっ?」

 アリスは驚きを隠せない。

「この戦いの真っ最中に目を閉じろというのか?」


「ええ、そうです。でないと今回の魔法は使えません」


「そうなのか。……だが、いくら命令とはいえ、戦闘中に目をつぶるなどという無茶に兵士たちが従うだろうか?」


 アリスの顔が曇る。

 心配はもっともだ。言い出した僕自身でさえ不安を感じているのだから。

 しかしここは奇跡を――いや、みんなを信じてやるしかない。


「それは大丈夫でしょう」

 と、僕は強気で言った。

「なによりアリス様のご命令です。たとえどんな内容であっても、兵士たちは必ず従ってくれると思います」


「わかった。いいだろう!」

 アリスが意を決し、うなずく。

「ユウトがそこまで言うのなら、やってみよう」


「ありがとうございます!」


 アリスがいてくれれば、どんな危機でもきっと乗り越えらえる――

 戦いを通じ目覚ましく成長したアリスの姿を見ていると、本当にそんな気がしてくるのだ。

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