(10)

 そこへレーモンが馬を走らせやってきた。

 血相を変えて、馬上から叫ぶ。


「アリス様、ここはもう危険です! 後方へお下がりください」


「何を言うか。背後にコボルトの大軍が迫っているのはお前も分かっているだろう」

 アリスは首を振った。

「どこに逃れようと無駄だなことだ」


「それでもイーザ騎兵よりましな相手です。さあ早く!」


「まあ待て。それよりユウトになにやら策があるようだ」


 これはいいタイミング。

 レーモンに是非聞きたいことがあったのだ。


「あの、レーモン様」


「なんだ、ユウト?」


 レーモンが馬上から僕を見下ろす。

 が、その口調は丁寧だ。

 ケガの治療をしてあげたからなのか、ずいぶん態度が変わったものだ。


「一つ伺いたいのですが、コボルト兵の群れの向こう――戦場を東側に抜けると、その先どこに行き着くのですか?」


「東か。それならそこから二日ばかり進んだところに、我々の本来の目的地であったイーザの本拠地、都市アリオスがある」


 それはまずい。

 そっち逃げたら、敵の中枢に自ら突っ込んでしまうことになる。


「他に……もしコボルト兵の包囲を突破できたとして、ロードラント軍がどこか安全に撤退できるような場所はありませんか?」


「うーむ。そうだな」

 レーモンが難しい顔をする。

「少し進路を変え、東南の方向に進むとそこに森が広がっている。その森を抜けてさらに半日――馬ならもう少し速いが、渓谷沿いの道を進めばデュロワ城という古城に行きつく」


 思った通り、戦場経験豊富なレーモンは地理にも詳しい。

 この混戦の中でも、現在の位置をちゃんと把握はあくしているのだ。 


「そこはロードラントの領地なのですか?」


「一応はな。ただし人はほとんど住んでおらぬ。周囲に町や村もない。荒涼とした大地が広がっているのみだ」


「それでもイーザ軍の包囲を突破してコノート城を目指すより、デュロワ城への退却を試みた方がまだ可能性はありますよね?」


「それはそうだが……デュロワ辺りはまともな道すら通ってない辺境の地だぞ。この大人数がまとまって動いて、果たして城までたどりつけるかどうか……」


「いや、今は迷っている場合ではないだろう」

 アリスが横から言った。

「我が軍は直ちにデュロワ城へ退却を開始する」


「……は! 承知しました」

 レーモンもそれ以上反対しない。

「しかし、コボルトどもの大軍をいったいどうやって突破するのでしょうか? 数が多すぎてかなり困難かと――」


「ですからそこは僕の魔法でなんとかします」

 僕は二人に言った。

「さあアリス様、さっき申し上げた通り『10数える間目をつぶれ』とみんなにご命令下さい」


「ユウト、お前いったい何を……?」

 と、レーモンが白い眉をひそめる。


「ご安心ください。どうか私の魔法の力を信じて下さい」


 ここで細かく説明してもしょうがない。

 それをして、逆にレーモンに反対されても困る。

 今はただ、実行あるのみだ。 

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