(3)
アリスは何も言わず、すすり泣くティルファをそっと見守っている。
一見、表面は冷たそうに見えるアリスだが、根は案外優しいのだ。
そういったところは、いい意味で王女様らしくないと思う。
泣くだけ泣いて落ち着いたのか、ティルファが口を開いた。
「父は――ヴィクトル将軍は崩壊する軍をなんとか立て直し、幾度となく敵の包囲を突破しようとしました。そしてついに敵の一角を切り崩し、そこからかなりの数の兵を逃がすことに成功したのです。
さらに父はしんがりを務め、最後の最後まで戦い抜きました。しかしそこで敵の魔法に狙われ――」
ティルファが涙を拭う。
「重傷を負った父は、共に戦っていた私に『お前だけでも逃げろ』と言って、私の馬を蹴って無理やり走らせました。ああ……今でも目を閉じるとその時の青ざめた父の顔がはっきりと浮かびます。恐ろしい、本当に恐ろしい――
アリス様、ご注意ください! 敵の将は、まだ年端ない少女なのに強力な風魔法を使います。その上奴らは人外の怪物までをも操って……」
ティルファは突然、ぶるぶると大きく震え出した。
「怖い。私は怖い。お兄様――!! お兄様へ会いたい!! そして一緒に王都へ帰りたい!!」
ティルファの表情が明らかにおかしい。完全に精神のバランスを崩している感じだ。
治癒魔法で体の傷は完治したけれど、心に受けた傷までは治せないのだ。
「わかった、安心しろ。お前は十分役目を果たした」
アリスはティルファを強く抱きしめて言った。
「さあ、ひとまず馬車で休め。――誰か、ティルファを馬車へ連れて行ってやれ」
「私が付き添います」
マリアがふらつきながら立ち上がった。
「シスターマリア、体は大丈夫なのか?」
と、アリスが訊く。
「はい、私は単なる疲労ですから、もう平気です」
「そうか。ではシスターもティルファと一緒に休んでくれ。そうだ、二人を乗せた馬車は先にコノートまで戻そう」
「お心遣い感謝します、アリス様」
マリアがアリスに頭を下げた後、僕の方を向いて言った。
「ユウトさん、これから先、ケガや病気をした人の治療をお願いします。私よりあなたの方が魔力はずっと上なのですから、きっとより多くの命を救えるでしょう」
「わ、わかりました。任せてください!」
僕はつい、大きくうなずいてしまった。
こんなにも人に頼られるなんて生まれて初めての経験だから、少々調子に乗ってしまったのかもしれない。
本当は、たいして自信があるわけではないのだけれど――
「そう言っていただけると安心です。ではティルファさん、行きましょう」
シスターマリアは一礼すると、ティルファの肩を支えながら馬車の方へ歩いて行った。
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