第五章 迫りくる危機

(1)

 そこにいた誰もが「まさか――!」

 と、思ったに違いない。

 最悪の事態を想定していたレーモンだって、驚きはあったはずだ。


 しかしさすがというべきか、みんなが浮き足立つ中、もっとも早く反応したのもそのレーモンだった。

 表情一つ変えずに、大声で竜騎士たちに呼びかける。


「副官は――マティアスはどこか!!」


 不幸中の幸い、追い払われた兵士たちは少し離れた場所に集結していて、ティルファの話を聞いた者はいなかった。

 もしロードラント軍全滅の報が知れたらたいへんだった。

 経験の浅い兵士たちは慌てふためき、大混乱におちいったに違いない。


 レーモンの呼びかけに応じ、すぐに一人の騎士――副官のマティアスがこちらにやって来た。

 マティアスは切れ長の目をした冷たい感じの男で、他の竜騎士とは違う赤銅色の甲冑を身に付けていた。

 副官だから、この護衛軍の中ではレーモンの次に偉い人ということになるのだろう。


「レーモン様、お呼びでしょうか」

 と、マティアスが頭を下げる。


「全軍コノート城まで退却。即座にだ」


 レーモンが端的に命を下した。

 もはやアリスの意見など聞きもしない。


「はッ」


 マティアスは短く返事をすると、馬に乗り、合図を送って竜騎士たちを一堂に集めた。

 命令に従い、全軍撤退の準備に取り掛かったのだ。


 なにしろ兵士は二千人近くいる。

 素早く、かつ、無事に撤退させるのはかなり難しい仕事だろう――


 と思ったのだが、そこはエリート揃いの竜騎士団。

 指示を受け素早く散らばると、バラバラだった兵士たちを瞬く間にまとめ上げてしまった。


 まったく見事な手際だ。

 もし僕が竜騎士としてこの世界に転移したとしても、とてもこんなマネできない。

 結局、単なる普通の一兵士という身分が、自分にはお似合いだったということか。


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