(20)

 とにかくこれでティルファの傷はほとんど治った。

 次に、肩に刺さった矢を抜くことにする。

 僕は矢柄やがらを握り、ぐいっと強く引っ張った。


「ううっ」


 意識が戻りつつあるのか、ティルファは低くうめき、苦悶くもんの表情を浮かべた。

 それでも構わず矢じりを傷口から引きずり出す。


 再び血があふれ出てきたが、もう一度『リカバー』をかけるとそれもすぐに治まった。

 これで完治だ。


 そして目の前に現われたのは、美しいティルファの裸体――


「!!!」


 僕は急に恥ずかしくなって、横を向いた。

 だが、周りに集まっていた兵士たちは、そんな遠慮は持ち合わせていない。

 みんなニヤニヤしながらティルファの裸を眺めている。


「まったく、下衆ゲスどもが」

 レーモンがそれに気づき、舌打ちをして兵士たちを追い払いにかかった。

「バカ者ども。全員隊列に戻れ!! もうじき出発だ」


 怒鳴られた兵士たちは、しぶしぶその場から散っていく。


 ――そういえば僕も普通の兵士だったんだ。

 急にそれを思い出し、立ち上がってエリックたちの所に戻ろうとした。


「おい、どこに行く!」

 アリスが慌てて僕の腕をつかんだ。


「お前はここにいていいのだ」


「で、ですが……」


 その時、僕はすでに我に返っていた。

 偉い人たちに囲まれていることが、急に怖くなったのだ。


「ユウト、お前、そんなに素晴らしい魔法の力を持っているのに、今までどうして単なる兵士でいたのだ?」

 アリスはつかんだ腕を離さない。


「本当にそうですよ」

 と、リナがティルファに毛布を掛けながら、僕の方を向いた。


 この異世界に来て、初めてリナと間近で目が合う。

 美しく澄んだ瞳だ。

 リナと理奈――やっぱり二人はどこからどう見ても同一人物。 

 僕は急に現実世界での理奈を思い出し、悲しく複雑な気分になった。


 が、異世界のリナは、もちろん僕のことなんかまったく知らない。

 つまり今が初対面ということだ。


「軍や宮廷でもっと重用されてもおかしくないのに……」

 と、リナが言う。


「それは、その……」


 僕は口ごもってしまった。

 その点、どうにも説明しようがないからだ。


「まったくだな」

 アリスが憮然ぶぜんとして言った。

「よし! ならば今からユウトは私付きの魔術師とし、私と行動を共にする。これは命令だ。よいな」


「アリス様、お待ちを!」

 と、レーモンがとんでもない、という口調で言った。


「なんだ! またか、レーモン」

 アリスが再びレーモンをにらむ。


「そのような素性の知れぬもの、いきなり側近にするわけには!」


「黙れ、お前もユウトの力を見ていただろう!」


「いや、しかし!」


 と、レーモンがアリスを必死に説得しようとしたその最中――

 ティルファが突然目を覚まし、叫んだ。


「アリス様!! 一刻も早くここからお逃げください! 一軍二軍はすべて壊滅し、敵は間近まで迫っています!」


 一瞬、その場にいた全員が凍り付いた。


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