第四章 初めての魔法

(1)

「全体止まれ!」


 アリスがよく通る声で号令をかけた。

 華奢きゃしゃな体からは想像もできない迫力だ。


 命令を受け二千人の兵士たちは一斉に行軍を止めた。

 全員の視線が、前方からこちらに向かって走ってくるただ一騎に集中する。


「おかしいぞ」

「誰も乗ってねえ」

「馬だけだ」


 兵士たちが口々に叫ぶ。

 確かに馬の上に人の姿はないように見えた。


 しかし――


「違う、誰か馬の上に伏せってるぞ! そ、それに血だらけだ」


 望遠鏡を持った見張りの兵士が叫んだ。


 その通り、馬が近づいてくるにつれ、僕にもそれがはっきりと視認できるようになった。

 誰かが血まみれの状態で、馬上にうつ伏せになっているのだ。

 生きているのか死んでいるのかもわからない。


 しかも馬は興奮状態で道をジグザグに走っていた。

 このままだと、こっちに突っ込んでくる。

 騎乗者もたぶん振り落とされてしまうだろう。


「誰か、あの馬を引け!」

 見兼ねたアリスが叫んだ。


「私が行きます!」


 リナが真っ先に応じ、自分の馬の腹を拍車はくしゃで軽く蹴った。

 馬は風のような速さで走り出す。

 

 その様子を見ていたレーモンが、一瞬、心配そうな表情を浮かべて言った。


「あの馬、かなりの荒ぶれようです。私も行きましょうか」


「必要ない」

 アリスは首を振った。

「リナなら大丈夫だ。お前の姪を信用しろ」


 だが兵士たちは、馬で駆けるリナの様子を見て余計にガヤガヤと騒ぎ出した。


「大丈夫か、あんな小娘で」

「さあー? 俺が行った方がマシじゃねえかな」

「バカ、お前じゃ無理だ」


 リナは貴族のはずなのに、兵士たちはお構いなしだ。好き放題言ってる。

 いや、わざと騒いで不安を打ち消しているのかもしれないが――


 そんなふざけた態度の兵士たちと正反対なのが、馬上の騎士たちだ。

 全員落ち着きはらった様子で、いつの間にかアリスを守るようにきちんと陣形を敷き、周囲に監視の目を光らせている。


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