(8)

 振り向くとそこに、黒い日焼け肌の筋骨隆々とした男が立っていた。

 年齢は20台半ばだろう。

 目つきは鋭く、ほおには大きな刀傷があるが、口元はへらへらしていてちょっと軽薄けいはくそうな感じもする。


 男は歩きながら、気さくに話しかけてきた。


「おめーさっきから王女様の方ばっかり見てるなあ」


「み、見てないよ、別に。――騎士団があまりに格好良くて、そっちの方を見てたんだ」


 男の指摘は図星だったが、恥ずかしくて思わず言い訳をしてしまう。


「ごまかさなくてもいいじゃないか。まあ、あんな美人じゃ無理もねえよな。おめーもどうせ田舎出身でろくな女知らないだろ」


「そ、そんなことないよ」


「まあムキになるなって」

 男はニヤニヤしている。

「それでおめー、どこの出身なんだ?」


 一瞬、言葉に詰まる。

 なんて答えれば――?

 

「に、ニホンだよ」


咄嗟とっさにうまい嘘が思いつかず、つい本当のことを言ってしまった。


「ニホン? 聞いたことねえな。よっぽどの田舎か」

 男は首をひねった。


「あ、ああ。遠い地方だよ」


 まずい。

 異世界では、絶対に現実世界の話をしてはダメ!

 と、セリカに言われていたのに――


 だが幸い、男はそれ以上何も突っ込んでこなかった。


「そうなのか。で、おめー名前は?」


「ゆ、ユウト」


「そうか、俺はエリックだ。おめーと同じく地方の出身だよ。まあ剣の腕にはちっとは自信があるから、それで身を立てようと思って軍に志願したってわけだ」


 エリックは槍を持ったまま、腕を曲げて力こぶを作ってみせにっこり笑った。


「といっても俺もまだ入隊したばかりだからな。右も左もわからねえ。ま、お互い助け合っていこうや。よろしくな」


 言葉使いは乱暴だが案外悪い人でもなさそうだ。

 しばらく話をしてみようかと、少し迷う。


 ――いや、ここでためらってたらダメだ。


 現実世界での自分は、人見知りが激しくて、初めて会った相手に対してはろくに会話できなかった。でも、そのせいでいつも損ばかりしていた気がする。


 異世界まで来て、同じてつを踏むのは絶対に嫌だ。

 それに今は、この世界の事を少しでも多く知りたい。


 

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