(8)

「じゃあ、さっそく始めましょうか。そっちのベッドに座ってくれる?」


 僕は言われた通り、部屋の隅に置いてあった簡易ベッドに腰掛けた。

 セリカは、コホン、と小さく咳払いすると、緑色の液体の入ったグラスを差し出した。


「これを飲むとしばらく意識を失うわ。そして目覚めた時にあなたは異世界にいる。オンラインRPGアナザーデスティニーに似た、剣と魔法が支配されたファンタジーな異世界によ」


 グラスを手に取って中身を確認する。

 見るからに怪しげな液体だ。

 いきなり飲むのにはさすがに躊躇ちゅうちょしてしまう。


「毒じゃないから大丈夫よ。ただの催眠導入剤みたいなもの。私があなたを異世界に飛ばすのに必要なプロセスと思って」


 もう深くは考えまい。

 ここまできて後戻りしたくないし、たとえこの薬が毒だとしてもそれはそれでかまわない。

 この世に未練なんてないのだから。


「わかった。飲むよ」


 そう言って、僕はその液体を一気に飲み干した。

 すぐに意識がもうろうとしてきて、頭がほわぁんとした感じになる。


「さあ、ベッドに横になって」

 セリカが言う。


 はいはい、仰せの通りに――

 と、夢見心地で、僕はベッドに仰向けに寝た。

 体を横たえただけで、なんだかとても気持ちいがいい。

 そしてものすごく眠い。


 その様子を見ていたセリカは、そんな僕に顔を近づけ、

「有川君、最後に一つだけ、ちょっとした質問をしていい?」

 と、耳元で囁いた。


「……うん」


「ねえ有川君。私たちがいるこの世界って、物質が先にあるから精神が存在するのだと思う? それとも精神が先にあるから物質が存在するのかな?」


「???」


 なんだその質問。

 まったく意味不明だ。


「私が何言ってるかわからないかな? ならごく単純に言い換えるね。あなたは体の方が大事ですか? それとも心の方が大事ですか?」


「ああ、それなら――」


 僕は薄れゆく意識の中で、なんとか答えた。


「――心かな」


「そう」

 セリカは優しげに笑った。

「有川君は私の見込んだ通りの人のようね。大丈夫。あなたはきっと異世界でうまくやれるわ」


「……ありがとう」


「あなたが思えば、それはそこにある――じゃ、頑張って」


 その言葉を聞いたのを最後に、僕の意識は完全に落ちた。


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